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その日から、私は一人じゃなくなった。
トールとの暮らしはとても穏やかで、楽しくて。
最初の彼は何でも遠慮してばかりだった。
寝床が一人用だから自分は地べたで寝ると主張するトールに、怪我人は大人しく寝床を使いなさいと怒った。だからといって家主、それも少女を地面に寝せるわけにはいかないと譲らない様子に、妥協案として二人で寝床で寝ることにした。ちょっと狭いけど、温かくて私は好きだ。誰かの温度がこんなにも心地良いなんて、思わなかった。
初めは手当を私がしていたけど、次第にトールが自分でやるようになった。恥ずかしかったのかな?
ある程度傷が塞がってくると、彼は村の仕事も手伝ってくれるようになった。畑仕事も、狩りもそつなくこなす。村の人達は初めはトールを訝しんでいたけど、男手が増えたことは素直に喜んでいた。
料理も二人で作って食べるようになった。祖国のイタダキマスやゴチソウサマの文化に、今まで旅した国々の料理を沢山教えてくれた。二人で囲む食卓は、何だかくすぐったく感じる。
そうして、あっという間に1ヶ月の時が過ぎた。
何だかんだで、今まで寂しかったのかもしれない。
私は自分でも驚くほどトールに懐いていた。
「トール、早く早く!」
「後ろ向きで駆けるな。転んでしまうぞ」
今日は丘の上のお花畑に二人でお出かけだ。
トールの祖国には、サクラという植物を愛でながら皆で食事をするお花見という文化があるらしい。それを聞いた私は、早速彼を連れ立ってお花見を決行した。サクラは咲いていないから、村の南にあるお花畑で、花に囲まれながら一緒にご飯だ。干ばつでかなり枯れてしまっているけれど、僅かにまだ元気な花もあった。
中央にある大きな木の根元に二人で腰掛ける。木陰がさざめいていて気持ちが良い。
持ってきた料理を敷物の上に並べ、二人で舌鼓を打っていく。
「んふふ、トールの作ったご飯は美味しいねえ。今日もトールは世界一可愛い!」
「……その可愛いは、」
「格好良いも入ってるし、大好きも入ってる!」
「……そうか」
頭を撫でられたので、すりすりと頬ずりを返す。いつの間にか、私達の間で定番になっていた。
しばし二人でそよ風の音に身を委ねる。
「ねえトール、ずっと一緒に居て欲しいな」
口に出した後であ、でもと思い直す。振り向くと、案の定横には困った顔が浮かんでいた。
「……傷も大分癒えた。俺はもうすぐ、この村を出る」
「ふ~ん……じゃあ、私もついていく!」
「何?」
私なりに、ずっと考えていた。村で安全に一人ぼっちで暮らすより、危険でもトールと共に旅がしたい。二人で過ごせば過ごすほど、その思いは高まってしまっている。
「……旅は楽しいばかりじゃない、怪我どころか死ぬかもしれない」
「うん。でも、トールの傍にいたい」
「馬鹿なことを言うな。きっともうすぐ、この村にも雨が降る。心に余裕ができれば、皆もお前を気に掛けてくれるさ」
優しく宥められ、もう一度頭を撫でられる。
今度の頬ずりは、返さなかった。
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