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茹だるような暑さ。虫たちの大合唱で、私は目を覚ました。
寝付きが良かったとは言えないが、あまり遅いと誰かしらが叩き起こしに来るから、そろそろ起きなきゃ。
ベッドから這い出して、ご飯を食べて、顔を洗ったら鏡の前に立つ。
痩せぎすな腕、肩まで掛かる黒髪、くりりとした目。
うん、今日も今日とて私は私だ。
「おはよう、リズちゃん。11歳の誕生日、おめでとう」
自分に挨拶しながら一度にへっと笑ってみせると、さあ今日も一日頑張ろうと、誰も居ない家から飛び出した。
お父さんとお母さんが事故で他界して三年。悲しさは完全には消えない。けど、毎日生きている。段々一人ぼっちにも慣れてきた頃だ。
今日は私が生まれた日だからだろうか。何だか、良いことが起きる予感がするぞと鼻歌を口ずさんだ。
このラグシシ村は、山奥にある人口千五百人程の、小さな村だ。周囲と交流もない故に、ある程度の諍いはあれど、村民達は皆助け合って生きている。
「遅いよリズ!さっさと働きな!」
「はぁい!おはようおばさん。遅くなってごめんなさい!」
早速鍬を持って、畑に向かって一撃!
乾ききってひび割れた土は、浅く傷を残しただけだった。あれぇ?
「おばさん、この作物、枯れてきてない?」
「水が足りないんだろうね。寧ろ、よくここまで育ったもんだ」
そう、今この村は干ばつが続いている。
元々豊かではないが、ここ最近雨が降らない為に日照りが酷く、作物が皆ダメになってしまっているのだ。ここの畑ももう限界みたい。
「これじゃ畑仕事も意味ないんじゃないかな」
「良いからやれることをやりな。サボると生贄に選ばれちまうよ」
「イケニエ?」
聞き慣れない単語に思わず首を傾げる。
「村長達の間でね、雨乞いをするのに山神様へ生贄を捧げる案が出てるって話だ。お前は余所者の家の子な上、両親も死んじまった孤児なんだ。選ばれたって不思議じゃないんだよ」
「へ~」
「へ~って……死んじまうかもしれないってのに、相変わらず馬鹿な子だね。まあいいさ。生贄に選ばれないよう、精々利口に振る舞うんだね」
忠告までしてくれるなんて、おばさんは優しいなあ。
できるだけ作物周囲の土を耕して柔らかくし、害虫がいないか確認してから今日はお開きになった。
午後。自由の身となったので、村はずれの森の中を散策する。
村の皆は野生の獣がいるかもしれないと近づきたがらないけど、じりじりとした日差しを避けるのに、この木々は最適なのだ。獣に会ったらひとたまりもないだろうけど、その時はその時だ。
相変わらず虫の声がうるさい。耳を塞いでしまおうかと両手を翳そうとした時だ。その中で、うなり声が微かに響いている事に気がついた。
もしかして本当に獣が出たのだろうか。思わず身構える。
しかし、一向に茂みが動く気配はない。
「……?」
うなり声?違う。うめき声だ。よくよく聞いてみると、人の声だったような。
ええい、ここが度胸の見せ所と、声のした方へと進んでみる。
やがて草のない、開けた場所へと辿り着いた。
そこにいたのは。
「……生きてる?」
男の人だ。立っていれば見上げるであろう程の、大男が仰向けに倒れている。
この辺りでは見ない不思議な服装。深い蒼の髪は、覆うように白い布を結んでいる。大きな布地を、身体の真ん中に巻かれた細い布で留めているが、それこそ獣に出会ったのだろうか。爪の形のような派手な裂かれ方をしていた。
思わず声を掛けると、男の人の口から小さな返事が漏れ出た。
「……水……」
水が欲しいのかと急いで来た道を戻る。
村全体で分け合った貴重な水を木の器に入れて、男の人の元へと早歩きした。
「お水、持ってきたよ!」
身体は起こせないので、膝枕の形で頭だけ起こして水を少しずつ飲ませる。
こくりこくりとゆっくりながら全部飲みきった男の人は、目を瞬いた。
「立てる?私の家、向こうにあるから、怪我の手当しにいこう?」
肩は貸せないので言葉で促すと、男の人は頷いて私の後を着いてきた。
これが、私と彼の出会い。
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