17 あるそしきの記録【ミステリー】

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※1 前略  お手紙いただいた件ですが、ご心配には及びません。  簡単ではありますが、ここに、我がエーデン大学について記したいと思います。  エーデンヒルデの丘に、僕の大学はあります。  世界的に有名な脳科学者・リンム夫妻の寄付によって設立運営がなされ、国籍を問わず学生を受け入れています。  卒業生は錚々たる顔ぶれで、昨年アンバー賞を受賞したディガル博士もその1人です。彼は受賞インタビューにおいて、様々にリンム夫妻への感謝を述べていました。 「恵まれない家庭に生まれ育ちましたが、夫妻の援助によってここまで学びを進めることができました。彼らによって私は生まれ変わり、新たな人生を歩むことができたのです。彼らに感謝を示しつづけるため、今後も脳科学の発展に寄与して参ります」  未だ20代後半という若さの博士は、夫妻に見出されて大学へ入学するまでは落ちこぼれだったそうです。夫妻に教えを受けたことによって、彼の人生は大きく変わりました。幼くして両親を亡くし天涯孤独だった彼は、夫妻を実の両親のように慕っています。  偉業を成し遂げた卒業生たちは、皆このような境遇の者ばかりです。  かく言う僕も平和な日本に生まれ育ちはしましたが、家庭に居場所などなく、罵倒され殴られて大きくなりました。義務教育さえろくに受けず、不良グループに入って食うや食わずの生活を送っていた時、ちょうど来日していた夫妻に偶然お会いしました。  「うちで学ばないか」とオファーをいただいた時の感動は忘れられません。「大丈夫、私たちが君の親になるから」と慰めてくださったお2人の微笑みは、まるで地獄におわす地蔵菩薩、はたまた神の使徒のようでした。  こちらへ来て、かれこれ2年になります。衣食住のみならず教育まで保証していただき、感謝以外の何ものもないのです。  貴方様が心配されているようなことは、何1つ事実ではありません。  どうかご心配なさいませんよう。  大学や夫妻についてSNSやその他メディアで騒ぎ立てるのも、どうかお止めください。  夫妻はいつも、メディアは嘘ばかりとおっしゃっています。僕たち学生もフェイクニュースに触れないよう、日々注意しているところです。  メールアドレスについてご質問いただきましたが、大学・寮においてスマートフォンやパーソナルコンピュータの使用は禁止されております。  手紙によるやり取りも、もうこれきりにさせてください。貴方様のような日本の方から何通も手紙をいただき、故郷へ戻りたくないかと度々きかれますが、そのような気は全く起きないのです。苦しかった過去を思い出すたび、今の満ち足りた生活がなんとも有難く、夫妻への感謝が胸にみちみちて涙さえ溢れるほどです。  僕はこの場所で一生を終えるつもりです。これが最後の手紙になることを、どうかお許しください。  末筆ながら、貴方様のご健康・ご多幸、そして今後一層のご活躍をお祈り申し上げます。 草々 追伸:  度々ご指摘の「脳科学」の授業について。入学直後から卒業まで4段階あり、必修で、生まれ変われると評判の授業です。  夫妻の愛に触れ、新たな自分に目覚めることができます。くれぐれも誤解なさらぬように。夫妻への悪口はこれきりにしてください。
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