18 サイフ爺【ヒューマンドラマ】

2/6
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/222ページ
 最近、物忘れが目立つようになった。  還暦(かんれき)をむかえたものの、まだまだ現場で働かなくてはならない自分にとって、そのぼんやりとした不安は――死神(しにがみ)警鐘(けいしょう)のようにひびく。  ビルの管理会社に(つと)める自分に、休みの日などない。  新築のビルが建ち並ぶ何十年前ならいざ知らず、築三十年を超えたビルばかりの最近では、毎日、あらゆる場所から電話がかかってくるのだ。 「汚水(おすい)()れ出して……早く来てください」 「シャッターが上がらなくなりました」 「オマエのところの従業員はどうしてこうも気が利かないんだ?! 客が来てるのに堂々と作業しやがって!」 「エレベーターが止まってしまって……点検の日だったみたいなのですが、事前に通知いただいてましたっけ……?」  そう、最近、物忘れが激しい。  苦情(くじょう)の電話が来ても、頭をさげるより他ない。  きっと全て、自分の物忘れのせいだからだ。 「お父さん。お弁当忘れていったでしょう」  今度は妻からの電話だ。  そうか、今日は昼飯(ひるめし)まで忘れたのか。  腕時計を見ると、ちょうど正午前。観念(かんねん)して、午後に駆け回る予定を組み立てながら、オフィスを出て、エレベーターに乗り込んだ。
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!