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最近、物忘れが目立つようになった。
還暦をむかえたものの、まだまだ現場で働かなくてはならない自分にとって、そのぼんやりとした不安は――死神の警鐘のようにひびく。
ビルの管理会社に勤める自分に、休みの日などない。
新築のビルが建ち並ぶ何十年前ならいざ知らず、築三十年を超えたビルばかりの最近では、毎日、あらゆる場所から電話がかかってくるのだ。
「汚水が漏れ出して……早く来てください」
「シャッターが上がらなくなりました」
「オマエのところの従業員はどうしてこうも気が利かないんだ?! 客が来てるのに堂々と作業しやがって!」
「エレベーターが止まってしまって……点検の日だったみたいなのですが、事前に通知いただいてましたっけ……?」
そう、最近、物忘れが激しい。
苦情の電話が来ても、頭をさげるより他ない。
きっと全て、自分の物忘れのせいだからだ。
「お父さん。お弁当忘れていったでしょう」
今度は妻からの電話だ。
そうか、今日は昼飯まで忘れたのか。
腕時計を見ると、ちょうど正午前。観念して、午後に駆け回る予定を組み立てながら、オフィスを出て、エレベーターに乗り込んだ。
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