18 サイフ爺【ヒューマンドラマ】

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 六十を過ぎた白髪(しらが)のサラリーマンが、くたびれたスーツ姿でコンビニエンスストアへ入ってくる。  エレベーターの方面から来たのを見るかぎり、どうやらこのビルに会社の事務所があるのだろう。  おや。よくよく見ると知った顔だった。黒縁(くろぶち)メガネが印象的な彼は、ビル管理会社の社長である。 「篠山(ささやま)さん、お疲れさまです」  つい十分前くらいに、私は彼の事務所へ電話したのだ。  このビルの管理を(にな)うのは彼らなので、当然のこと。言うまでもないが、このコンビニエンスストアは彼らの管理するビルのテナントである。  店長であるからには、客からの苦情(くじょう)要望(ようぼう)には少しでも早く対応したいと思っている。エレベーターが動かないと聞いて、真っ先に彼へ電話した私は間違っていないはずだ。 「……ああ、石田(いしだ)さん。お疲れさまです」  篠山(ささやま)さんは、いつも通りの、困ったような、人の()さそうな笑みを浮かべて、軽く会釈(えしゃく)してみせる。  真面目な彼は、ビルのことで電話すればすぐ対応してくれる。今回も迅速(じんそく)に対応してくれたようなので、エレベーターももう問題ないだろう。 「今日は、家に弁当を忘れてしまって」  そう言いながら、ホットのお茶のペットボトルと鮭のおにぎりを二つばかり、レジにいる私へと差し出してくる。 「それで、特に変わりはありませんか」 「ええ、おかげさまで。エレベーターも直してくださったみたいで」  商品のバーコードを読み取りながら私が言うと、篠山(ささやま)さんは一瞬、息を止めたような顔でこちらを見た。 「え、エレベーター……」 「はい、先ほど電話した件です。直してくださったんですよね? 篠山(ささやま)さん、エレベーターで下りてこられたんでしょう」 「……あ、はい……そうでしたね」  どこか居心地(いごこち)悪そうに、篠山(ささやま)さんは(うなず)いた。
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