青と蒼(あおとあお)

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 とっくに閉まっている購買部の横にある自動販売機でコーヒー牛乳を買ってストローで穴を開け口にくわえて昇降口まで歩いていく。遠くのほうからマラソンのかけ声と、金属バットにボールが当たる音が聞こえてくる。  校門を出て、バス停に立ちお喋りをしている生徒たちの後ろを通り過ぎ、学校脇の細い道に入って、残りわずかな紙パックの中味をストローで啜りながら、道の両脇に咲く紫陽花を眺めて歩く。道路のくぼみにはいつも水がたまっていて、ときどき冷たく湿った空気が首や手に触れていく。歩いて十分で家につく。  まっすぐ二階の自分の部屋へ上がるとリュックを机の脇に置き、ベッドの上に置いてある部屋着に着替えて、暮れてゆく空に吸い込まれるように窓辺に近付いて庭を眺めた。  黒い鉄製の柵の内側にはユリや紫陽花やツツジ、ヒマワリ、山茶花、金木星が植えてあり一年を通して花が楽しめるようになっていて、今は枯れてきた紫陽花の横でペリカンのくちばしみたいな鬼百合のつぼみが頭を垂れている。  梅雨明けしたばかりの空は憑きものが落ちたようにすっきりした顔で晴れ渡り、街路樹の大きい葉が重たげに揺れている。二階の部屋からは空に溶け込みそうに青い山が見える。小中学校の校歌には必ず織り込まれている、この辺りでただ一つの山だ。 *  高校最初の夏休みに入った。  縁台に片肘をつき見上げる先に、小型のヒマワリがこれ以上開かないくらい花を広げている。太陽の光が目に突き刺ささる。去年の今頃は毎日毎日、夏期講習に通っていた。その窮屈さの反動からか、入学してからは気が抜けて、将来のことなんか考えたくもなく、高校一年生の夏休みの前半は何もしないことを思い切り満喫した。そして暇なのに飽きるとスケッチブックと画材を取り出して、絵を描き始めた。  鬼百合が庭石のすき間から茎をのばし、オレンジ色の花びらを思い切り外に開いて、カトンボが靴を履いたみたいなおしべを六本ぶら下げている。スケッチをしながら、花がたがいに重なる姿がきれいなので、見た通りの配置で描く。縁台に腰掛け麦わら帽子をかぶりスケッチブックを膝に置き、庭石の間に咲く三本のユリと向かい合う。麦茶の中に入れた氷がとけてグラスにぶつかる音がする。  見たままを描いた、野に咲く花の素直な絵をいいと言う人はたくさんいる。奇抜なのが好きな人には受けが悪いかもしれないけれど、落ち着いた絵が好きな人には好かれるはずだ。頭のなかでは、皆が僕の絵を褒める姿が浮かんだ。想像のなかでむせかえるような喜びを感じ、体や頭がかっと熱くなって鉛筆が走る。  スケッチが済むと今度は部屋のなかに入り、油彩の道具を並べて、壁に立てかけたキャンバスに向かう。三十号のキャンバスの中央に鬼百合。背景は深い緑と岩。よけいなものはなにも込めない、純粋な花の絵だ。
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