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美術室の床にリュックを置くと、
「佐野君なんかあった?」
と同級生の女子に言われた。
「ないよ。なんで?」
「なんか前と違うっていうか」
学祭には美コンに出した鬼百合の絵も、それまでに描いたデッサンも展示せず、ただ会場の飾りつけを手伝った。僕以外は一年生もみんな作品を展示した。
「なんでもないよー」
と言ってイーゼルをとりに行く。
三年生が引退したあとの部室は人が減り、広々として寂しい。先輩たちはこれから気の向いた時に顔を出したり、夕方から始まる先生のデッサン教室に参加したり予備校に通ったりしてそれぞれの放課後を過ごすのだ。
「佐野の絵、変わった?」
新部長になった先輩が、僕のデッサンをじろじろ見る。
「そうですか?」
以前にはまったく見向きもされなかったから、僕は緊張気味に自分のイーゼルのそばに立った。
「前よりかきこみが増えた」
まだ形をとっているところだけれど、確かに線は増えた。
美術コンクールまでの自分が別人に思える。毎日デッサン本に目を通し、家では予備校の課題をやり、部活に来るとこんなふうに、前と違うと言われる。
予備校での僕は、決して素直な生徒とは言えなかった。
鉛筆で濃い目の色を出そうとしきりに描いていると、山崎はタッチが残るのを嫌ってこするように言ってくる。他の生徒は言われた通りに描くけれど僕はこすらないで描きたい。均等に鉛筆の粉をならすことが苦手で、思いもよらないところで濃淡が出来て布が波打ったみたいに見えるし、パステル画のようなものが好きではない。
山崎は大きい目玉を素早く左右に動かし、腕組みして少し考えたあと、僕の好きなようにやらせた。
注意深く鉛筆を寝かせたり立てたりしながら線だけで表わそうと目を近づけたり遠ざけたりして何回も描いて消す。
出来上がった作品を床の端に立てかけて並べる。山崎は自分の言う通りに描けたかどうかを基準に判定するけれど、僕のところへ来ると、
「どう?」
と腕組みをしてこちらを見る。別に意地悪しているのではない。とにかく様子を見る、という感じだ。
イーゼルに向かって描いたのと、他の人の作品と並べられた時の見え方は全く違うので、僕は率直に、
「描きこみが足りなかったです」
とか、
「背景と差をつけて質感を出せばよかった」
と感想と反省を述べる。
山崎は言葉少なに、
「ああ」
と言うと、と他の生徒の講評に移る。分かればいいんだよ、と言っているように思う。
色彩構成や紙でつくる立体も似たような感じでやりかたを押し付けられないけれど積極的に評価もされない。僕は自分が思った以上に好き嫌いが激しいことを、画家の家と予備校へ行って知った。ここでは、僕のそういう部分を特に矯正せずに、したいようにやらせながら見守っている。
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