背徳と闇の帷ー04

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満月が、星も連れずに輝いている。 闇の中を雲が流れ、時折その姿を隠していた。 月の男は、屋上の錆びたフェンスに寄り掛かりそれを見ていた。 風は、肌を刺す様に冷たい。 その風に攫われそうな月は、地面を這う光る蟻の様な車の列を見ていた。 その隣に、音も無く鷹は留まる。 体重を預けて、フェンスはぎしりと鳴いた。 「“夜空”が此処に居ると言っていた」 「……アユムか」 メジロの店を出てから、ヨリタカは彷徨った。 心に言い様の無い空間が有る。 白金の少年は、そんな彼を導く様に告げた。 「同じ趣味の男なんだから、一回ちゃんと喋ってみなよ」 虚な心を埋める為に、それもいいかもしれない。 そう思って、言葉に従った。 「全く、あの子は不思議なくらい何でも知ってる」 ゲッコウは薄ら笑い、ジーンズのポケットからマルボロの箱を出す。 使い捨てライターの火を付けるのに苦戦しているのを見て、普段は吸わない事が分かった。 煙は風に攫われ、直ぐに空気と同化する。 その行方を鳶色の眼も見ていた。 「……俺の結婚が決まった」 訊いてもいないのに月は語り出す。 「優しくて、面白くて、良い子で、可愛い子だよ。完璧な子」 ふう、と息を吐いた。 「だから、変な遊びはやめろ、と言われた」 でも、メジロの事が忘れられない。 不安定に飛ぶ小鳥に翻弄されたのは、ヨリタカだけではなかった。 妖艶で屈託の無い笑顔を、二人は思い出している。 「でも、今が離れる機会なんだろうよ」 あまり短くなってない煙草を隣に有る朽ちた灰皿に捨てた。 ヨリタカは、そのタイミングでコートのポケットからチョーカーを出す。 それは、メジロを縛る鈴の付いた物だった。 ゲッコウに向けて差し出すと、彼は無言で受け取り夜の街に投げ捨てる。 チョーカーは、鳴る事も無く光る蟻の中に消えた。 「これももう要らない」 ゲッコウはズボンのポケットに入れていた紙を取り出す。 無造作に畳まれていたそれは、契約書だった。 それを仇の様に破り、空へ投げた。 紙吹雪を冷たい風が攫っていく。 そして、満月の向こうに運んだ。 「イリヒトにはもう会わない」 「いいのか?」 「会っていいのか?」 悪戯な表情を向けるので、ヨリタカは低い声で、いや、と否定する。 「でも、イリヒトはお前が好きなんだぞ」 「でも、お前の事も好きだ」 そうなのだ。ゲッコウもヨリタカも、それを知っていた。 メジロは、ヨリタカの身体に刺青を挿れる為に、ゲッコウに身体を許したのだから。 「俺は、イリヒトを傷付ける事しか出来ない有刺鉄線だ。でも、お前は桜の枝だ」 小鳥が休む止まり木を、月は詩的な言葉で例える。 「お前がイリヒトを幸せにしてくれ」 俺には、出来なかったから。 そう残して、月はカンカンと音を立て崩れそうな階段から沈んだ。 ヨリタカは、その姿が見えなくなるまで見つめる。 こんな出会い方をしなければ、良い仲になっていたかもしれない。 そんな事を、思ってしまった。
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