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その夜の事をアユムに聞き、メジロは俯いた。
ただ、虚しくは無かった。
悲しくは有ったが、ゲッコウの決断は至極真っ当である。
自分の移り気な気持ちにも決別ができた。
自分みたいな小鳥が、遥か遠くの星に手を伸ばしてはならなかったのだ。
メジロは無地の便箋にペンを走らせる。
それを白い封筒に入れて、封はせずアユムに差し出した。
「これをヨリタカに渡してくれ」
アユムは、それをしっかりと受け取る。
その手紙に書いた一言は、鳥の噤合いを許す宣言だった。
それから一週間が経ち、日の昇り切らない時刻からメジロはリビングで大きな鞄の最終チェックをしていた。
「おい」
明青の時が、春鳥に話し掛ける。
「ああ、おはよう。今日は早起きだ
「行かないでくれ」
ジュウジに言葉を奪われ、メジロは目を丸くした。
「行かないで……ほしい……ん、だが……」
どうやら咄嗟に出た言葉の様で、声は尻切れになる。
メジロが首を傾げると、ジュウジはなんとか言葉を繋げた。
「俺は、勿論兄さんが一番大事だが、メジロも大事なんだ。……勿論友達として!!だから、居なくなるのは、正直寂しくて……行動に口出しするのは最低なのはわかってるんだが、……それでも、俺は……!!」
途切れ途切れだが必死な様子に、メジロは噴き出す。
「別に二泊出張に行くだけだけど?」
メジロの返答に、ジュウジは間抜けな声を出した。
「もしかして引越すと思ったのか?」
図星のようで、青い髪の下がみるみる赤くなる。
「こんな都合の良い物件他に無いんだから引越す訳ないだろう」
「な……んだ……っ、てっきり銀小路の家に行くのかと……」
メジロは笑い飛した。ジュウジは赤い顔を手で隠す。
「全く誰に吹き込まれたんだか……ちょっとヨリタカと出張という温泉旅行するだけだよ」
ジュウジ的には、それすら少し面白くなかったのだが、その感情の理由もわからなかった。
「あ、ジュウジも温泉旅行行きたかったか?」
ふたりっきりで、と耳元で囁けば、馬鹿!!と肩を殴られる。
「冗談だよ。その時はミドリも一緒にな」
メジロはウィンクをした。ジュウジは疲れた様な、しかし安堵とも取れる溜息を吐く。
そろそろヨリタカが迎えに来るんだけど
と言った時、ちょうど外からクラクションの音が聞こえた。
「じゃ、お土産楽しみにしていてくれ」
メジロは鞄を肩にかけ、ひらりとジュウジに手を振ってリビングを出ていった。
ちゃんと仕事しろよ!と言う言葉を背に、玄関のドアを開ける。
早朝特有の冷たい空気が肌を刺した。
そこには深い音を立てる黒いスポーツカーが居る。
メジロは躊躇い無く助手席に乗った。
隣の運転席に、待ったか?と聞かれ首を横に振る。
シートベルトを締めればスポーツカーは動き出した。
メジロは運転するヨリタカの頬に口付けをする。
それは、もうお前しか見ない、という意味を込めていた。
ヨリタカも、少し照れた様に笑う。
青い空に月は見えなかった。
それでも、遥か頭上で二羽の鳥を見ている。
それだけでいい。
春の小鳥は、心の中でそう思っていた。
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