背徳と闇の帷ー04

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「こんにちは〜……」 カラン、とドアに付けた鐘が鳴る。 それは来店の合図だった。 久しぶりに来たメガネの少年に、店主のメジロが、久しぶり、と声を掛ける。 「今日はどうした?彫るなら予約を入れてくれ」 「その冗談、笑えないんですけど」 「此処はそういう店だ」 この刺青屋に来るのが似つかない少年は、最上ニハルと言った。 しかし、その身体にしっかりと刺青を彫ったのをメジロは覚えている。 「刺青隠しシールだろ?今日は何枚要る?」 「一枚で大丈夫です」 わかった、とメジロは頷きカウンター裏の棚を開ける。 「……メジロさん、やっぱり刺青を消す事は出来ませんか?」 未成年の彼は訊ねた。 「オレは作品を消さない主義だと言ったろう」 ですけど……と眼鏡の奥の蒼は俯く。 「シールおまけしてやるから諦めな」 チン、とレジに表示された数字が変わるのを見て、少年は渋々頷いた。 放課後の赤空が黒くなる前にと足早に歩いた。 その道は登下校で使う道ではない。 レオには、親友であるダイチとイズモにも言っていない秘密が有った。 その薄暗い通りの、切れかけたネオンが光る店の裏口から入る。 お疲れ様です、と異様な雰囲気の店員達に挨拶をして、自分のロッカーにスクールバッグを放り込み、指定された黒エプロンを着けた。 ピンクの照明が照らすエントランスのカウンターに立つ。 その怪しい店が、レオのバイト先だった。 今日も流行らないだろうと頬杖を突いていると、開店から数分で玄関の引き戸が開かれる。 レオはいつもの営業スマイルでいらっしゃいませ、と言うと、その中年男性はレオの手を握ってきた。 「ねえ、君はいじめてくれないのかい?」 ぎとりと手汗をかいた禿親父は鼻息を荒くしている。 レオは、うわあキッショと思ったが、それを顔に出さず、俺はバイトなので……とやんわり手を外そうとした。 「ねぇ、そんな事言わずにさぁ……オジサンは君みたいなかわいこちゃんにいじめられたいんだ」 手をがっちり掴まれ、振り解けない。誰か店員を呼ぶか、と困っていると、ガタン、とまた引き戸を開ける音がした。 「こんにちは……って、おや?」 桃色の髪に眼鏡を掛けたその青年は、レオの目線に気付く。 「おじさん、ノーマルを困らせちゃ駄目ですよ」 とん、と中年男性の肩を叩いた。 「それとも、ボクが縛り上げてあげようか?」 爽やかな美顔に似合わない事を言えば、禿親父は舌打ちを打ちそそくさと店を出ていく。 「ありがとうございます、伊東さん」 レオが頭を下げると、気にしないで、と青年は手を振った。 彼は伊東イチロウ。清楚な美青年の風貌だが、彼も週一でこの店を訪れるくらいに"いじめられたがり"だった。 今日はどの女王様にいじめられようかな、と壁の写真一覧を見ながらも、やたらニコニコしている。 「なんか今日はご機嫌ですね」 常連故に気の知れた桃色に話を振った。 「ああ、さっき先輩に偶然会えたんだ」 「先輩って、元カノの?」 「うん。相変わらず美しかったよ。仕事帰りだったのか普通の格好だったのが名残惜しいな……ああ、またあの可愛らしいゴスロリ姿が見たいよ!」 抑えきれない興奮が顔に表れている。こんな変態な人だが、その美貌故にこの店の女王様達はこぞって相手をしようとした。 先輩という人を思い出して浸っているところ悪いが、あの……そろそろ……と声を掛ける。 イチロウはやっと我に返り、ごめんごめんとカウンターのボードに記入した。 それではこちらへ、と定期文を言いつつ奥へ続く扉を開ける。 イチロウはありがとうと中に入った。 そのすれ違う瞬間、桜色の眼をこちらに向ける。 「君は無関係なんだから、早くこの店から足を洗いなさい」 イチロウは笑顔で言い、レオはその言葉の意味がわからなかった。 え、と漏らすが、桃色は追及を許さない様に奥へと消える。 銀はきょとんとしたが、バタンと扉は閉まった。
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