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月色の髪に、海を湛えた眼を持つ男。
富地ゲッコウは、堂々と表から入ってきた。
メジロが言葉を発する前に、来賓用のソファに押し倒す。
「げ、ゲッコウ!!」
メジロの黒シャツの中に手を入れ、ベルトに手を掛けた。
それを制しようと手を伸ばすが、容易く払われる。
「やめろ!!今日は駄目だ!!」
腹の傷跡に爪を立てられ、メジロは呻いた。
このまま身体を預け、めちゃくちゃにされたい。
でも、その気持ちを抑え、現実を伝えた。
「駄目だ、今日は、今日はヨリタカが来る!!」
「知っている」
その放たれた一言に海の眼を見る。
いつもの穏やかな波の眼ではなく、冬の海の様な冷たい色をしていた。
「手紙を見た」
そう、ゲッコウはその一文を読んでいた。
ただドアに挟まっただけの手紙など、抜き取って読むのは簡単だ。
そして、元通りにするのも。
「だから来た」
冷たい表情のゲッコウに問う前に、その体が剥がされた。
「貴様ああああ!!!!」
ゲッコウの体が離れたと思ったら、横に飛んだ。
その先に鷹が居た。ゲッコウを殴り飛ばしたのだ。
朱い眼に震え上がるほど燃えた怒りが宿っている。ゲッコウは床に転がったが、すぐに起き上がり反撃の拳をお見舞いした。
殴り合う二人。拳が骨を叩く音。散らばる朱い血。
ゲッコウは、笑っていた。
「……や、やめろ!!!!」
現状を把握するのに時間が掛かった。止めても二人は殴り合う。
やめろ、と何度も言っても二人は聞かない。
怒りをぶつけ合う音が、こだまする。
「やめろって、言ってるだろ!!!」
メジロは二人の間に入り制止した。
ヨリタカがメジロを視覚で捉える前に、その拳は発たれていた。
横に飛ぶメジロの顔に、やっと二人は止まる。
空気が、冷え固まった。
見開いた朱眼に、冷たい冬の海の視線が降りかかる。
「お前は愛しい人を殴る人間なんだな」
ゲッコウの一言が、場の全員に刺さった。
「お前はイリヒトを幸せには出来ない」
ゲッコウは、情事の時の様に本名で言う。
「そして、俺にもイリヒトを幸せに出来ない」
冷静に沈んだ声は、薄まる意識の中で心臓を抉った。
目を開けて、飛び込んだのはオレンジ色の世界だった。
首に違和感を感じ、鈴の付いたチョーカーがされているのに気付く。
それはゲッコウが着けたのだろう。……いつの間に。
メジロは一瞬躊躇ったが、それを外して机に投げた。
自分が来賓用のソファに寝ているのも、頬のガーゼにも気付く。
今メジロの腹に頭を乗せ寝息を立てている鷹が施したのだと察せた。
それに礼を言おうか悩んだが、起こすのも気が引ける。
そう思っていると、ヨリタカは唸った。
「……イリヒト……」
ヨリタカは寝ぼけていたが、渋緑と目が合うと抱き締めてくる。
「ごめん……本当にごめんなさい……!!」
震える声は、猛禽類の男のものだと思えなかった。
まるで物を壊したのを叱られた子供の様に、謝罪を繰り返す。
「大丈夫。怒ってないよ。……ちゃんと、気持ち悦かった」
メジロが痛みを快いと感じるのを、知っている筈だ。
頭を撫でてやると、やっと目を合わせてくれた。
「……でも……」
此処に居ない月の事を考えてしまい、俯く。
ヨリタカは顔を近づけてくるが、それを拒んだ。
「もう夕方だ。帰った方がいい」
「しかし」
「お願いだ。……今日は、一人にしてくれ」
朱い眼は刺青に塗れた渋緑を見つめるが、少しして離れる。
ドアからぶら下がった鐘が、カラン、とヨリタカが出て行ったのを教えた。
「……ゲッコウ……」
愛する事は許されなかったのだろう。
それでも、あの男を愛してしまった。
月の様な男。
メジロの脳裏から、どうしてもその優しい眼差しが離れなかった。
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