結局のところ愛だよね、愛

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結局のところ愛だよね、愛

 ボクは石。名前などない。  そこら中に転がっている路傍(ろぼう)の石ころと同じ、石。  まあね、平べったくて黒くてツヤツヤしてるのは自慢だけど、ただの石ころであることには変わり……ないと思う。  そんなボクは絶賛転がってる。坂道をコロコロしてる。  女神様の一人に蹴られて草むらの中をコロコロと。  転がるボクを追いかけるのは―― 「待って、小石さん。綺麗な小石さん、どこ?」  美しい緑の髪をなびかせて、(キトン)から白い足を大胆に出し。必死にボクを追いかけてくるのは、女神様の一人だ。  彼女の名前はペルセポネ。  確かボクの記憶が正しけりゃ、ペルセポネ様は豊穣の女神デメテル様の一人娘だったはず。  宝石だってキレイな服だって何だって手に入る方が、どうしてボクなんかを追いかけてくるのかねえ。  そんなことを考えている間に、少し硬い何かとぶつかった。 「やあ、小石くん。大丈夫かい?」 「あれっ? スイセンさんじゃあないか。こんなところで何してるの?」  ボクを止めてくれたのは、天界に咲くと噂の黄色いスイセンだ。しかも一本だけじゃない。たくさんのスイセンさんが花畑になっている。 「まあちょっと。ゼウス様たちに……うん」  モゴモゴと言うスイセンさんは、そよ風へ自分の香りをたなびかせるように左右に軽く、揺れていた。  こりゃあ何かあるんだな、とボクは推測する。  ゼウス様は天界で一番偉い神様だけど、やることなすこととんでもなくて、いつも奥様のヘラ様に怒られてるんだよね。 「見つけた! 私の小石さん」  ため息をついたとき、ペルセポネ様がひょいっとボクの体を持ち上げた。嬉しそうに頬擦りまでされて、ちょっと照れてしまう。 「ねえねえ、ペルセポネ様。なんでボクを拾うの?」 「綺麗だからよ」 「そうかなあ、宝石には負けるでしょ」 「黒い色が好きなの。黒い宝石は不吉だ、ってお母様が言うから神殿にもないのよ。あなたは冷たくて、ツルツルしていて、とても素敵だわ」  ふむ、なるほど。代用品とされてるわけか。 「さ、一緒に帰りましょ」 「えっ。いや待って、ちょっと不思議だと思わないの?」 「何がかしら、小石さん」 「天界の花が咲いてること……」 「あら。そう言えば見かけないスイセンね。凄くいい香り。少し摘んでいこうかしら」  ボクを片手に、ペルセポネ様はスイセンを手折ろうと手を伸ばす。  その瞬間だった。突然地鳴りがして、地面が割れたのは。 「きゃっ」  ペルセポネ様の悲鳴をよそに、地の底から黄金の馬車が飛び出してくる。  それに乗っているのは―― 「……」  真っ黒い甲冑に身を包む、冥府の神……ハデス様!  ハデス様がペルセポネ様の体を抱き上げた刹那、ボクが手から滑って落ちた。 「あっ、小石さん! 小石さーん!!」  捕らわれたことを気にもせず、ペルセポネ様は冥府に落ちるボクへと手を伸ばす。  けれど届かず、そのまま馬車と一緒に――ボクは冥府へと落っこちたのである。   ※ ※ ※ 「はあ……」  ため息、四百四十四回目。  ボクがちょうど、都合よく冥界の神殿近くに落ちたのは奇跡だ。下手すりゃ川やマグマにポチャンとしてたと思うと……いや別にいいか、石なんだし。 「はあ……」  ため息、四百四十五回目。  これはボクのものじゃない。ハデス様のもの。  玉座近くをウロウロして、毎日毎日うなだれている姿を、ボクは柱の片隅からじっと見ていた。  ハデス様がペルセポネ様を誘拐し、冥府に連れて来てから一週間は経過している。その間ハデス様はずっと、このありさまだ。 「どうしたらいい。わたしはペルセポネにどう接すれば……」  さらっておいてそれ? とも思ったりしたけれど、踏まれて壊れちゃかなわないから黙っておいた。 「食べ物も、宝石も、ありとあらゆる財宝も……ペルセポネは欲しがらない。やはり結婚など、ゼウスのような陽キャにしか無理な話なのだ」 「そういう問題じゃないと思うんだけどな……」 「誰だ!」  あ、しまった、心の声が漏れ出た。 「ただの小石のたわごとです、気にしないで」 「……」  慌ててとりつくろったものの、ハデス様は甲冑を着たままこちらへ近付いてくる。 「お前か、石よ」 「……うん、いえ、はい」  摘ままれ、持ち上げられた。四百四十六回目のため息。 「どうすればいいと思う?」 「何がですか」 「ペルセポネと……その……いわゆるイチャイチャなるものをしたいのだが、わたしは。彼女はずっとぼーっとしていて、話も聞いてくれないのだ」 「石にそれ、たずねます?」 「石だからこそ見聞が広いと思うのだが」 「えー……」  参っちゃったなあ。頭を掻きたいけど、手も足もない身としてはそれもできない。 「まずは謝ったらどうです? さらったこととか」 「それはもう、冥府へ呼んだときにした」 「デメテル様を呼ぶとか?」 「お、お義母(かあ)さんと呼ぶ心の準備はできておらん」 「違う、そうじゃない」 「ではなんだ?」  この神様天然です、助けて下さい。  ボクは悩みあぐねて、うーんと唸った。 「とりあえずボクをペルセポネ様のところに連れてって下さい」 「どうにかできるのか?」 「ちょっとした知り合いですから、まあ……でも期待しないで、あっ、そんな純粋な瞳で見ないで」 「お前に全て託すぞ、石よ」  ただの石ころに全てを託すってどういうことだ。  内心の思いを口に出さず、ボクはハデス様に握り締められながら冥府の中を移動しはじめた。   ※ ※ ※  ペルセポネ様の前には美味しそうな食べ物、金銀財宝、本の山が積み重ねられていた。  でも、当の女神様はしょんぼりと、ぼーっとしている。  ハデス様が来ても浮かない顔で、そりゃそうだろうなー、と思ってしまうボクがいたのは内緒だ。 「ペルセポネ……その、お前の知り合いを見つけた」  椅子に座るペルセポネ様の前で、ハデス様はおずおずとした様子で手のひらごとボクを突き出す。 「こんにちは、ペルセポネ様」 「その声……小石さん?」 「うん。ボクも冥界に落ちちゃって」  ペルセポネ様がうつむかせていた顔を上げた。頬は紅潮していて、瞳もぱっと輝いている。 「……ハデス様が見つけて下さったの?」 「いや、そこに落ちていたと……」 「そうだよ、ハデス様が困ったボクを助けてくれたんだ」 「えっ」  困惑気味のハデス様を置いて、ボクは喋りまくる。  それは嘘だ。  マグマに落ちそうだったボクを拾ってくれた、とか虚飾の冒険譚をペラペラ話す。  出会いがマイナスのどん底なら、プラスに持ち上げるためには嘘も使うしかないだろう。  ひとしきり喋り終えたボクを見つめ、ペルセポネ様は薄く笑む。 「そう、そんなことが。大変だったのね、小石さんも……ハデス様も」 「い、いや、わたしは」 「ありがとう、ハデス様。私……黒が好きなんです。だからその子は、私の宝物にしようと思っていて」 「そ、そうか……」 「……黒はあなたの色ですもの」  ん? 今なんか、ペルセポネ様ってばとんでもないこと言わなかった?  だけどその声は、ハデス様には届かなかったようだ。 「私のためにありがとう、ハデス様」  ボクを載せたままの手を握り、ペルセポネ様はとても美しく、微笑む。  そして立ち上がると、背伸びをしたままハデス様の胸板へ頬を擦り寄せた。  ハデス様が立ったまま気絶しているのにボクと女神様が気付いたのは、それから一分後のことだった。   ※ ※ ※  それからまあ、なんやかんやありまして。  結局ペルセポネ様は、一年間の三分の一だけ冥界に住むことになった。  ボクはいつでもペルセポネ様の側にいる。体に穴を開けられたけど、首飾りという装飾品になったのだ。 「小石さん、あなたは私の宝物よ」 「ボクでよかったの? 宝石だってあんなにあったのに」 「言ったわ。私は黒が好きだって」 「……ハデス様が好きだから?」 「そうよ、あの人の色だもの。だからずっと黒いものを集めていたの」 「それって……ペルセポネ様はもしかして昔から……」 「追うものと追われるものならば、結ばれたときの絆も深くなるでしょう」  ボクの問いかけに、ペルセポネ様は艶やかに笑った。 「だからね、もしあの人が別の女性を見初めたときは……ヘラ様のように追いかけるわ。あの方は、ハデス様は私のものですもの。誰にも渡したりなんてしないの」  ペルセポネ様を見て、ボクは少しだけ、女神様って怖いかもしれない――とぼんやり思った。              【完】
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