水曜日の雨は羽衣

10/14
前へ
/14ページ
次へ
 数ヶ月前に休職した教員の代理で赴任してきた、工芸科の臨時講師。本業はフリーの空間デザイナー。  彼について私が知っている事は、そのくらいだった。  彼がこの学校へ来るのは週に一度。  閉鎖的な学校空間において、どこか違う世界から来たような独特な空気を纏っている彼は、目立つ存在だった。  彼が来る水曜日は、女子生徒や若い女性教師がどことなく浮足立ち、かっこいい、などと囁く声を、私も何度か耳にしていた。  けれど私には呪いがあるから、当たり前のように彼を視界に入れていなかった。    でも、その日を機に、変わってしまった。  職員室から美術室に向かう私。午後からの出勤で、職員用の玄関から渡り廊下の反対側にある工芸室に向かう彼。  毎週水曜日の昼過ぎに、私達は渡り廊下ですれ違う。  その度に彼は、私と目を合わせ微笑んで、親しみを込めて小さく手を上げる。私はぎこちなく唇を笑みの形に歪めて、微かな会釈を返す。    そして誰にも気付かれないように、浮かび上がった小さな火の玉を、そっと握り消すのだ。    窓の外ではやわらかな雨がにわかに降って、すぐに止んだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加