水曜日の雨は羽衣

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 臨時講師の仕事が来月いっぱいで終了する。  彼からそう聞いたのは、いつものように水曜日。私のアパートに向かう車中での事だった。  元々彼は本業だけで充分忙しかったのだ。この学校に恩師がいる縁で、常勤の教師が見つかるまでの繋ぎという約束で頼まれた仕事だった。義理を果たせばそれで終わりだ。  彼ともう会えないということに、胸苦しいような寂しさは感じた。  けれど、どこかで安堵してもいた。顔を合わせることがなくなれば、これ以上彼を好きにならずに済む。  私は彼も、他の誰のことも、好きになってはいけない。  私の呪いが、相手を、そして私自身も、焦がし、燃やしてしまうから。  「気付いてるかもしれないけど、僕は君が好きだよ」  なのに彼は、私にそう告げた。  「付き合って欲しい。もしまだ無理っていうなら、友達からでもいいから、これからも会って欲しい。君とこれっきりになりたくないんだ」  率直な彼の申し出に、私は迷わず首を横に振った。  ごめんなさい、と一言だけ添えて。  そっか、と呟いたきり、彼は黙った。  足元に、質量を持った沈黙が(おり)のように溜まっていく。意識はそれに絡めとられて沈んでいき、座っているのにうずくまりたくなるほどだった。  雨は少しずつ勢いを強め、音を立てて車のガラスを打つ。
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