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「どうした」
アスタロトはやはり敏感に反応した。
「なんでもないです」
「どうしたって言ってるんだ」
アスタロトは重ねて問いただした。ショウはしばらく口をつぐんでいたが、やがてぼそぼそと切り出した。
「……やっぱり私は天使に向いていないんです」
「なんで」
「この違和感は天界にいる頃からずっと感じていました。天使たちの生活って一切の濁りのない水の中にいるみたいに清らかなんです。事あるごとに祈り、どんな悪人も赦すし、万物に愛が溢れまくってる。でも私はそれが息苦しくて仕方なかった。
そもそも私は慈愛の心が希薄なんです。仕方ないから表面的に合わせてただけで優しくもないし、犠牲精神だって持ち合わせていない」
ショウは鬱屈を吐き出すように言った。そういう私的な悩みを他人に明かしたことがなかった彼は、アスタロトに出会ってから乱れがちだった自分のペースがここにきて完全に狂っている事に気付かされる。
「私は伯爵は嫌いです。乱暴だし融通はきかないし、価値観も理解できない。今だってあれだけ悪行を重ねてる伯爵なんか、手間をかけて更生させるよりさっさと地獄に堕とした方がいいと思ってる。ね、こんなの天使の言う言葉じゃないでしょう」
ショウはまくし立ててから、救いを求めるようにアスタロトを見た。アスタロトはショウの深刻さとは全く関わりがないような顔で黙っている。ショウは妙に腹が立って、声を張り上げた。
「何かご意見はないんですか」
「ダンゴ虫が俺は本当にダンゴ虫なんだろうかって悩むか?」
「はい?」
アスタロトは再び本を開いた。
「お前は生まれつき天使なんだ。慈愛精神があろうとなかろうと、そんなの関係あるか」
「他人事だと思って簡単に言わないで下さい!」
「うるさい甘ったれ。無駄に悩め」
アスタロトはもはや完全に本の方に目を移しており、ショウを見ようともしない。ショウはこれ以上話す気にもなれず、今夜もはやばやとベッドにもぐり込んだ。
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