2-10 うたた寝

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 自分の辛辣な発言は棚に上げて、アスタロトはワインの瓶を逆さにした。  空だった。軽く舌打ちして瓶を指ではじく。それから瓶を傾けるとグラスにワインがなみなみと注がれた。伯爵は平静を装いながらも瓶とグラスを交互に見比べる。 「なにをした」 「なにも。底に残ってたんだろう。まあ、そういうことだ。ケンカも結構だが、多少は話を聞いてくれないとあいつの機嫌が悪くなって、俺は大変迷感だ。小言は増えるし、勝手に落ち込むし、慰めないとふくれるし」 アスタロトは心底、煩わしそうな顔をした。伯爵は額を押さえた。 「理解できん。お前の言葉もショウ殿の言動も真意がつかめない」 「あいつも話したいんだ、伯爵と」 「あの態度で? いちいち人のやり方につっかかってくるばかりだぞ」 「俺達はこの世界では異邦人だ。だから多少やり方が変ってるかもしれないし、気に障ることもあるかもしれないが」 アスタロトは肩をすくめた。 「でも伯爵、また明日の夜もここに来ていいだろう?」 伯爵は考える間もなく、釣り込まれるように頷いた。  いくら微慢な態度を取られても、アスタロトと過ごす時間がなくなるのは嫌だった。  確かにアスタロトは異邦人かもしれない。この世界のあらゆるしがらみと無縁だった。話しているといつのまにか普段の鬱屈を忘れている。だが伯瞬は、そんな気持ちを素直に認められず、夜は暇だからと言い添えて顔を上げた。 「よかった」  アスタロトが微笑んでいた。  アメジストに似た紫色の瞳が伯爵を見守るように見つめている。そのまなざしは染み透るようにやさしかった。  伯爵はふいに胸の高鳴りを感じた。これまでこんな笑顔を他人から向けられたことはない。  ⋯⋯天使のようだ。  伯爵はうっかりそう言いそうになって、危うくその言葉を喉元で止めた。それでも佇むアスタロトの美しさに見惚れずにいられなかった。
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