2-11 警戒

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2-11 警戒

 確かに仕事はよくできるんだよなー。  さて、翌日も午後になってここは謁見の間。伯爵はひっきりなしに訪れる来客から情報を受け、問題を指摘し、対策を講じている。  ショウはぼんやりと伯爵の働きぶりを観察していた。今日もあいかわらず無視されているので、開き直って状況観察をすることにしたのである。  伯爵が働き者なのはここにきた当初からわかっていたが、それだけでなく実に有能だった。判断が的確で無駄がない。慣習が重要視されているこの時代において、異端なほど合理的だった。  まず噂の類いは一切信用しない。まずは調査と確実な数字の把握である。  伯爵はいざという時のため、あらゆる手を尽くして情報を集めていた。その努力と情熱を思えば、たんに世襲性で領主の座についた他の領主に比べ圧倒的に強いのは当たり前だった。  ただ、伯爵は人の心の動きには鈍感だった。  苦労はしたが一匹狼である。通常、伯爵の年齢になるまでにはかなりの人数と付き合うことになり、その中で自然と感情の機微を学ぶ。しかし独房で隔離されて育ち、突如、公人となった彼は圧倒的に経験不足だった。  そこまで考えて、ショウはため息をつきたくなった。  人間は、なんて儚い生き物だろう。全くの白紙から始まって、喜怒哀楽をおぼえた頃には寿命がきてしまう。  だが、その魂の搾取を決めているのは天なのだ。  人間は天魔両世界のブロイラーである。善人になるべく教育するのは、扱いやすいからでもあるし、魂から収穫できるエネルギー量が増大するからでもある。  ここにくるまで、ショウは人間を未発達な下等動物だと思っていた。 思っていた、というのは、今回人間界に初めて降りて、その考えが揺らぐのを感じるからである。  人の子の迷いは他人事ではなかった。  研修をする自分の心の揺らぎを思えば、その未熟さを笑うことなどできなかった。  ショウは部屋の隅から伯爵を眺めた。次々と判断を下している。伯爵の判断基準は損得で、どこまでも数学的だった。しかしいくらプラスの積重ねをしても、政情は不安定で芳しくない。  この戦いの申し子には不幸なことに、そろそろ時代は戦乱期から遠ざかろうとしていた。  領土の境界はすでに固定しており、政治は領主の経済的な駆け引きに傾いている。時代はいまや伯爵の軽蔑する彼の父親がやっていた外交が主流で、武力頼みの伯爵のやり方は、野蛮になろうとしていた。  
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