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「なぜあそこまでする必要があるんですか」
ショウは言った。伯爵はまたもや無視した。ショウはやけになって同じ質問をくり返した。
「みせつけだ」
伯爵は、その質問が十数回目になってようやく答えた。
「正確な情報を仕入れることがどれほど重要かわかっていない。あんな根拠のあやふやな調査を容認したら、これからも適当な仕事しかしなくなる。だから躾けてやったんだ。これで各謀報員たちも手抜きをせずに調査にはげむ」
「だからってあんな、」
「あんなひどいことはしなくてもいいっていうのか。さすがに道徳家は言うことが立派だ。だが、その杜撰な情報を許せば多数の領民が死ぬ可能性がある。お前にその責任はとれるのか」
伯爵はますます歩調を早めた。ショウは半分駆け足で伯爵に追いつこうとする。だが広大な城は廊下も長く、追いかけっこは永遠に続きそうだった。伯爵は業を煮やして叫んだ。
「どこまでついてくる気だ。お前がひっついてるおかげで仕事がやりにくくてたまらない。私の邪魔をするな」
「恐怖心で人を繰ろうなんて間違っています」
「やかましい!」
伯爵は一喝すると、ショウを突き飛ばした。ショウは反動で尻もちをつき、痛さにうめく。石の廊下はさすがに堅い。
伯爵は窓の向こうの高い建物を指さした。
「あの石の牢獄が見えるか。あれが私に思い出させる。もっと冷酷になれと教え続ける」
「⋯⋯」
「私はあの独房で十年以上過ごした。その時間の長さがわかるか? 言葉を忘れなかったのが不思議なぐらいだ。ろくに日も差さず、食べるものは残飯で、病気になろうが薬一つ放りこまれない。自分で治すしかなかった」
「⋯⋯」
「叔父は私を処刑せず隔離する事にしたが、そんなものは奴の気まぐれでどうにでも変わる。いつ気が変わるか、それを思うといてもたってもいられなかった。私は何度も壁を砕こうとして爪をはがした。発狂しそうだった。看守たちはそれをみて笑っていたがな」
伯爵は、目を細めて牢を見つめた。
「裏切り者を罰するなら、徹底にしなければ駄目だ。叔父は私を生かしたがゆえに、殺された。恨みを持つ者に情けは無用だ」
ショウは首を横にふった。
「殺せば殺すほど、恨みを持つものは増えてしまいます。もっと違うやり方があるはずです」
「私はこのやり方しか知らん」
伯爵が行ってもしまっても、ショウは床に座りこんでいた。石の冷たさがどんどん体温を奪っていく。なのに無力感で立ち上がれなかった。
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