2-12 ふたたびの夜

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2-12 ふたたびの夜

   城下の林檎並木の白い花が満開に近づいていた。  毎年、この白い花が咲き始めると、各家庭では祭りの準備に励む。豊作を祈って林檎祭りをするのである。 「アスタロト殿も楽しむといい。余興で林檎酒の飲み比べもある。あれだけ酒に強ければ、優勝できるかもしれない」  伯爵は珍しく軽口を叩いた。深夜、伯爵の部屋には当然のようにアスタロトが入り浸っている。 「この土地に祭りがあるとは知らなかった。伯爵は娯楽は認めないと思っていたが、意外だな」 「祖父の代より前から続いている。いくら私でも勝手に取りやめにするには伝統がありすぎる。たまにはパッとやって不満を抜くのも必要だろう。まあ、迷信であろうと豊作を祈るのはいいことだ」 「伯爵の口から、祈るなんて言葉が出るとはね」 アスタロトは顎をなでた。伯爵は軽く手を振る。 「私が祈るわけじゃない。私は祈らない」 「信仰嫌いだもんな」 伯爵は、静かに微笑んだ。 「祈ったぐらいで叶うことなんて知れてる。祈ったところで誰も生き返らないし、時間も元に戻らない。現実的な対応を捜したほうが確実だ」 「だが天の領分っていうのもあるだろう」 「私はここにないものは信じないんだ、アスタロト」 「ああ、そっか……よし、教えてやろう」 アスタロトは手を打った。 「不自由なものだ。この世界には目に見えなくても存在しているものがある。人間の能力ではわかり難いだけなんだ。例えばこれなんかもそうだ。配憶に新しいと思うが」 「あ、やめろ」 アスタロトは指を鳴らした。伯爵の悪い予感は的中し、スッと辺りが闇に沈んで、いつか見た幽霊の大群が部屋を占領していた。ざっと三十体もいるだろうか、半分以上体が腐って頭蓋骨から眼球が抜け落ちている。 「普通は次元がずれていてお互いに干渉できないが、これが例えばこう、」 アスタロトはさらに指を鳴らした。伯爵は椅子のひじ掛けを掴んだ。  闇は深まり異臭が鼻をついた。薄っべらに見えていた亡霊の体に実体感が増している。すすり泣くような呻き声も響いてくる。 「何をした」 「次元を調整して近づけた。だが、まだすれすれのところでずれている。これが、完全に一致すると、こう」 「やめろ!」  アスタロトはまたもや指を鳴らした。伯爵の制止は間に合わなかった。
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