2-12 ふたたびの夜

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 闇はどす黒く、異臭は吐きそうに強烈だった。伯爵は口を押さえようとして腕を浮かせた。そのとき幽霊が一斉に動き、ずるずるに溶けた何十もの手が、あがくように伯爵をつかんだ。アスタロトは立ち上がった。 「な? やっぱり言葉だけじゃなくて、見て触ったほうがわかりやすいだろ?」 「どうにかしろ!アスタロト!」 「悪くないね、伯爵の鉄面皮が崩れるのも」 「いい加減に⋯⋯!」  伯爵は剣で幽霊を切ろうとした。しかし亡霊は切っても切っても蘇り、伯爵の体を引き裂こうとした。腕は四方八方から伸びて、ついに伯爵の首をしめ始めた。 「亡霊に剣は通用しないぞ」 伯爵の首に二重三重に指が絡まる。  アスタロトは軽く息を吸い、散れ、と言った。それだけだった。それだけなのに、幽霊がおののく気配がした。伯爵はもがきながらアスタロトを見た。アスタロトには幽霊がまったく近づけないでいる。 「消えろ」  アスタロトは何事かを呟いた。聞いたことのない言葉だった。それと同時に目が眩むような光が部屋に満ちた。  思わず顔を背けた。そして次に目を開けると、完全にいつもの自分の部屋に戻っていた。さっきまでの反動か妙に明るい。伯爵は呆然と呟いた。 「今のは⋯⋯」 「あんまり数が多くてうっとおしいから祓った。すっきりしただろう、気分はいいはずだ」  アスタロトはけろっと言った。だが、その通りだった。まだ喉はずきずきしていたが、いつになく体が軽い。 「次元が違っても、想いが強いと影響を受けてしまうんだ。この城に災いが多いのも、伯爵の身辺に危険が絶えないのも、多かれ少なかれこいつらが関わっている。だからって恨むのはお角違いだぞ。そもそも伯爵が恨まれるような殺し方をしたんだから」  伯爵はアスタロトに対して、恐怖を感じた。  これは術ではない。今まで城に訪れた錬金術師がやっていた詐欺まがいの手品とは明らかに次元の違うものだった。ショウの見せた胡散臭い幻ともレベルが違う。 「お前、何者だ」 「俺も疑うのか? 例えばこういう事をすると?」  アスタロトは、また何か呟いた。独特の音律をもつ、異国の言葉だ。  その呪文が体にまとわりつくように伯爵は動けなくなった。指一本自由にならない。 「ほら、剣をとれ」    アスタロトの言うまま、伯爵の腕は本人の意思とは関係なく剣を掴んでいた。ギョッとしたが抗えない。アスタロトが剣を睨むと勝手に腕が持ち上がり、伯爵の心臓のすぐ上で剣先が止まった。冷や汗が流れた。
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