2-12 ふたたびの夜

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「恐れているのはこれか? だがそんな事はしない」  アスタロトはまた何か呟いた。伯爵の手から剣が落ち、静まり返った部屋に転がった。腕も自由になっていた。 「確かに力があれば操る事はできる。でもその時だけだ。実際、今、俺の指図に反発しか感じなかっただろう?」 「⋯⋯私のやり方を皮肉ってるのか」 アスタロトの眼差しは、教師のように厳しかった。 「伯爵、誰かと親しくなろうって時に強制ほど遠回りなやり方はない。術で親しくなったって紛い物だ。俺はそんなつまんない付き合いをするつもりはない」 「なぜなんだ」 伯爵は、切り口上で尋ねた。 「なぜ、私にそこまでしようとする、疑って当然だろう」 「でも伯爵は俺を追い出さないじゃないか」 アスタロトの言葉に伯爵は詰まった。 「いい加減、信じろ。お前が心配するように俺に裏があるなら、こんなまどろっこしい語り合いなんかしないでさっさと術を使ってる」 「父は叔父を信じて殺されたんだぞ!」 伯爵の声は、ほとんど悲鳴だった。 「父は叔父を自分の片腕だと信じて傍に⋯⋯その挙句、裏切られたんだ。そんな甘ったるい考えだったから」 「伯爵、いいか」 アスタロトはぐっと伯爵に近づくと、そのまま伯爵の両肩を掴んだ。 「よく見ろ。お前はお前で、俺はアスタロトだ。お前は父親とは別人だし、俺だってお前の叔父とは違う。親が裏切られて死んでも、お前までそうなるわけじゃない」 アスタロトの大きな瞳に、伯爵の顔が映っていた。  伯爵は愕然とした。野心家で、傲慢ないつもの自分はどこにいってしまったのだろう。なぜ、アスタロトの目の中にいる自分は、情けない子供みたいな顔でアスタロトを見つめ返しているのだろう。  伯爵はアスタロトの手を払おうとしたができなかった。それどころか、アスタロトの手の感触は心地好かった。 「伯爵」 アスタロトの声がひび割れて渇き切った心に染み渡る。だがそれを素直に受け入れるほど、伯爵は他人に近づいたことはなかった。  伯爵は混乱していた。自分の中で何かが変わってしまう恐ろしさが全身を駆け抜けた。 「離せ」 伯爵は唸るように言った。そしてアスタロトから目を逸らした。 「お前は危険すぎる。この城で放し飼いにするわけにはいかない」 「伯爵?」 アスタロトは怪訝そうに首を傾げた。伯爵はますます顔を背けた。 「お前には石の牢獄に入ってもらう。この城で危険なものは皆、排除しなくてはならない」  伯爵は衛兵を呼んだ。
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