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2-14 反発
雲の多い空だった。
ショウは伯爵に直接意見しようと、固く決意していた。昨日までと違って、妙に気分が高揚している。鬱々と考え込んでいた塞ぎの虫が一掃されたようだ。
認めたくないが、アスタロト様に説教すると調子を取り戻せるようだ⋯⋯
思い当たる原因はそれしかない。なぜか言い合ううちに力が湧いてくるのである。思えば城に来てからというもの、慣れない人間界に気圧されて伯爵に対する態度もどこか弱気だった。そういう余計な躊躇いが、本来の行動力を奪っていたのかもしれない。
いいことに気がついた。これからもたびたび利用させてもらおう。
以来、ショウの説教は趣味と実益をかねて強化され、アスタロトの頭痛の種となるのだが、それはさておく。
「伯爵はどこにいらっしゃいますか」
ショウは顔なじみの衛兵に声をかけた。ショウが命知らずに伯爵に諫言をくり返しているので、兵には一目置かれ始めている。
「伯爵でしたら部屋にお戻りです」
ショウはびっくりした。伯爵はめったなことでスケジュールを変えたりしない。
「いつもは剣の稽古の時間ですよね」
「ええ。気が乗らないと仰って」
「また癇癪でも起こされましたか」
ショウは今までの伯爵の行動パターンを思い出して、顔をしかめた。だが、衛兵はさらに声を潜めた。
「ここだけの話ですが、お体の具合でも悪いんじゃないかって噂してるんです。得意の弓も連続で外すし、側近の方とのお話も上の空でした」
「そりゃ変だ」
ショウは衛兵の腕を掴んで廊下の隅に寄った。
「昨夜のアスタロトさまの件ですが、石の牢獄に押し込められた時、あなたはその場にいましたか?」
「ええ。緊急の呼び出しで朝番だった兵士はみな伯爵の部屋に集まりました。思えばその時も伯爵は変でした。腕に自信のある方ですから、腹が立った相手はその場斬るか、怒りに任せて乱暴しているのが普通です。でもアスタロトさまには立ったまま何もせず、アスタロトさまも抵抗どころか、ご自分でさっさと歩き出され、大勢で押しかけたのが馬鹿馬鹿しいほどあっけなく牢に入られました」
「ほー……」
ショウはますます意外な思いで衛兵の言葉を聞いた。アスタロトの性格的に伯爵がいくら癇癪を起こしたところで怖がるとも思えないが、驚いたのは伯爵の態度だ。
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