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「それで伯爵は今は部屋でお仕事を?」
「学士様たちがおいででしたので学習会をなさっておいでだと思います」
「学習会?」
「ええ」
そこで衛兵は冷笑を浮かべた。
「お血筋はともかく、伯爵さまは長年の牢獄暮しでご存じない事が多々ございます。お父上は博識で学問芸術と広く嗜んでおられましたが」
衛兵の言葉の裏には、前領主の時代を懐かしむ響きがあった。
ショウは衛兵に礼を言い、伯爵の部屋に急いだ。せっかくだから学習会を覗かせてもらおうと思ったのである。だが伯爵の部屋にたどり着く前に、陶器の割れる派手な音がした。
「やっぱり癇癪を起してるんじゃないか」
ショウは舌打ちして足を早めた。部屋の近くの廊下で黒いマントの老人とすれ違う。老人達は逃げるようにショウの横を通り過ぎた。
ショウは気になりながらも伯爵の部屋の扉を叩いた。
「⋯⋯もう今日は帰れって言っただろう!」
「うわ」
ショウは開けかけたドアを閉めた。伯爵の怒鳴り声に心臓が縮み上がりそうになる。だが、牢獄に閉じ込められているアスタロトの窮状を思うと逃げてもいられず、おそるおそるドアを開けた。
「⋯⋯伯爵?」
部屋は、書物であふれていた。その本の山の間に巨大な執務用の机があり、伯爵は一人でそこに座っていた。猛烈な乱読派なのか、部屋を埋めつくす本は多岐にわたっている。
「なんだお前か」
伯爵は、苦々しく顔を上げた。
「ええ、その⋯⋯はい」
ショウは驚いて言葉を濁した。常に忙しいはずの伯爵が頬杖をついていた。
「なんの用だ」
「アスタロトさまを⋯⋯いえ、それはともかく、お勉強中ではなかったのですか」
「あの老いぼれ、学士のくせに知識が古すぎて役にも立たない。今度はもう少し物を知ってる学士を雇う」
やはりすれ違った年寄りは伯爵の教師だったのだ。ショウは頷いた。
「それにしても、伯爵は大変な勉強家ですね。この時代にこれだけの書物に目を通している人物なんてめったにいないでしょう。それでもまだ向学心は尽きないご様子」
「ふん」
伯爵は馬鹿にしたように笑った。だがその笑いはショウではなく、自身に向けられたものだった。
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