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「いくら本を読んだところで身につかなければ、意味も無い。宮殿ではいくら戦功を立てても戦士は野獣扱いだ。誰も彼もお綺麗な事ばかり言いやがる」
「そんなことは」
「それでも無知ほどみじめなことはないからな」
伯爵は呟くように言った。
「まさか。伯爵が無知なんて誰も言わないでしょう」
ショウは大袈裟に手を横に振った。伯爵はいきなり立ち上がって、机の上に重ねてあった紙を床にまき散らした。
ショウはびっしり書き込まれた文字に釘付けになった。その読書量に反して、手習いを始めた子供のような字が並んでいる。
「私が領主について早々、広間の大食堂でお披露目のパーティをした」
伯爵は突然切り出した。
「それまで新領主として盛り立てていたはずなのに、食事が始まった途端、皆が妙によそよそしくなった。それがなぜなのか私にはわからなかった。混乱しながらも平静を装って話を続けた。しないわけにはいかない。客の大部分は他の領主や国の権力者で私を値踏みにきている」
「⋯⋯」
「褒め言葉は続いていた。でも私はその言葉に嘘を感じ続けていた。彼らの目には明らかに侮蔑があった。私は会話を楽しんでいるふりをしながら、猛烈な勢いで頭を働かせていた。
私がまだ若すぎるからか、おかしな事を口走っていたのか。それとも叔父を殺したからか。
いくらでも理由はあった。叔父は私にとって悪魔そのものだったが、奴の政治はまともだったし、その時の客はこれまで叔父と長く交流していたはずだった。考えあぐねて食事の手をとめた。そこに至って突然、気付いた。私は素手で皿から直接、物を食っていた」
「まさか」
ショウは冗談だと思った。もっとも伯爵は冗談など口にしたことはなかったのだが。
「私はそれまでまともな作法で食事をしたことがなかった」
ショウの顔から、作り笑いが消えた。
「独房に運ばれていた食事にはスプーンもフォークもついていない。叔父にしてみれば、罪人は動物のように食うのがお似合いだと思っていたんだろう。でもそれだけじゃない、領民は飢えているから、看守がそのお情けみたいな食事からさらに上前をはねようとする。だから私は食べ物が目の前に出てくれば、腕で隠して一刻も早く飲み下していた。
でもそれは牢獄での話だ。私はマナーなんて知っていればどうにでもなると思っていた。なのに長年の習慣が勝った。確かに目の前に全ての食器は揃っていたのに見えていなかった。私は牢にいた時と同じように犬食いしていたんだ」
「⋯⋯」
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