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「私は勉強家なんかじゃない。やらなくちゃどうにもならないんだ。牢にぶちこまれていた長い時間の間に、普通なら息をするように当たり前に身に付けていたはずのものを取り返さねばならない。私は二度と恥はかきたくないし、みじめな思いも⋯⋯」
伯爵は、軽く頭をふった。
「くだらん」
なぜこんな過去の古傷をショウにぶちまけたのかわからなかった。ただ、ひどく重いものが胸の奥に根を下していて、落ち着かなかった。
ショウはゆっくりと、床に飲らばった紙を拾い集めた。
言うべき言葉が見つからなかった。伯爵は不用意な発言でますます滅入ったように額を押さえている。
「今日は説教をしないのか? 学士を追い出し、お前の大事な友人を牢にぶちこんでやったのに。文句が言いたくてやってきたんだろう」
「実はそうだったんですが」
ショウは正直に答えた。伯爵はわずかに微笑んだ。
「あの牢に閉じ込めたところで、お前の友人は自在に出てこられるんじゃないのか。あれは普通じゃないぞ」
「アスタロトさまは非力な文官です。あの人がどんなまやかしを伯爵に披露したのか存じあげませんが、そんな座興を真に受けるなど現実主義者の伯爵らしくもない」
「いや、実際あいつの周りにはおかしなことばかり起きる」
ショウはドキリとして顔を強張らせた。
アスタロトが気ままに伯爵と親交を深めていたのはともかく、魔法まで使っていたのかと思うと不安しかない。伯爵は続けた。
「紹介状は調べさせてもらった。近隣諸国との間柄が微妙な時期に遊学なんて、人質になりにくるようなものだ。だからすぐに密偵を飛ばした。
なるほど、紹介状は本物だったが、お前たちにはあの紹介状を書かれるまでの過去がない。だから当然、社交会に記録もないし、生活していた足跡がまったく辿れない。にも拘らず聞き込みをすると、大事な客であるという返事がかえってくる。
こんな合点のいかない話はない。私がアスタロト殿を牢に入れた理由は、怪しい術を使ったのが全てではないということだ」
伯爵は組んだ指をほどき、ショウが集めた紙の束を屑籠に捨てた。ショウは無表情を作り、正体を暴かれたときにはどうすべきか迷っていた。下手にあかせばこの研修は中止になる。とにかく強気で押し通すことにした。
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