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「アスタロトさまを牢から出して下さい。私たちは政治的な目的でここにいる訳じゃない。なにもあなたから奪おうとは思わないし、壊したりもしていないはずです」
「壊してるじゃないか」
伯爵はとつぜん席を立った。
「お前たちは私を内側から突き崩そうとしているだろう。私が今まで信じてきたもの、やり方、価値観にいたるまで、全部ぶち壊して塗り替えようとしているんだ。それは私を壊すことだ。今までの私を否定することだ。どうしてそれを許せると思う?」
「でもそれは、間違っているから」
「それを決める権利がお前にはあるのか」
「だって私は」
私にはあなたよりわかっていることが多いから、と言いかけてショウは詰まった。
確かに卑怯なほどショウは知っていた。この国の状況から伯爵の生い立ち、魔法を使えば伯爵の心の奥底まで見通すことができる。天使である自分はいつだってその心の内側で伯爵を見下してきたのだ。
伯爵は疲れたように言った。
「これまで一人で何でもやってきた、いまさら他人にどうこう言われたくない」
「憶病なんですね」
ショウはぐっと力を込めて反論した。
「なんだと?」
「だってそうじゃないですか、あなたは自分と違う価値観の持ち主に出会ったから、大急ぎで逃げ出そうとしているだけだ。うっかり私達の言葉を聞いてしまうと自分を保つ自信がなくなる。だからアスタロトさまを牢にいれ、私を寄せ付けないようにしている」
バン!と頬が熱くなった。伯爵の容赦ない平手が振り下されていた。
だがショウはひるまなかった。まっすぐ伯爵の目を見据えた。
「怖くなんてないです」
ショウは手の甲で切れた唇の端を拭った。
「もう私も取り繕ったりしない。アスタロトさまを開放して下さい。あんなところにあの人を閉じ込めていい理由なんてないんだ」
伯爵は返事の代わりに今度は反対側の頬をひっぱたいた。鞭で叩かれたような痛みに頭が真っ白になった。
ショウは握り拳を作ると夢中で伯爵を殴った。ガツンという鈍い音がして手の甲が赤くなる。ショウは自分の拳を見て一気に血の気が引いた。
「⋯⋯高くつくぞ、きさま」
伯爵の目がナイフのように光った。ショウは青ざめたまま頑なに伯爵を睨み続けた。はりつめた空気の重さに押されるように伯爵は呼び鈴を鳴らした。屈強な衛兵が駆けつける。
「部屋に連れ戻せ」
伯爵はショウを見ようともしなかった。ショウは衛兵にひきずりだされながら、そんな伯爵の微慢さに腹が立って仕方なかった。
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