2-15 混乱

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2-15 混乱

 伯爵はずっと居心地の悪さを感じていた。  アスタロトとショウに出会った当初から心に波立ちはあったが、動じる事を良しとしない伯爵はこの違和感を黙殺していた。だが、彼等との関わりが濃度を増すにつれ、その波は無視できないほどに激しく絶えまないものになっていった。  夜、自室で休もうとするが全く眠れない。  いざ一人に戻ると今度はひどく静かだった。アスタロトを投獄して数日、夜の訪問がなくなって静寂を持て余すばかりである。  突き放したのに思い出してばかりいる不条理に伯爵は苛立っていた。だがそれすらも認めたくない伯爵は、この落ち着かない気持ちをショウと言い争ったためだと思い込もうとしていた。  政務はこなしていたが、あの日から心ここにあらずだった。衛兵たちにも伯爵の浮ついた気持ちが伝染するのか、いつものような緊張感が失われている。こんなことでは仕方ないと思うのに眠気は遠く、だからといって資料を読む気分にもなれない。 「戦でもあればいい気晴らしになるんだが」  伯爵はふと呟いて、自分の嘘に笑いたくなった。  彼は世間で噂されているように殺すことで快楽を味わったことは決してなかったからだ。彼が殺しの後で味わうのは安堵だった。もうこれで自分を脅かすものはない。その安らぎを味わうために敵とみなしたものは徹底的に殺した。ショウの辛らつな評価の通り、彼は人の何倍も憶病だったのかもしれない。  伯爵は窓を開けた。石の牢獄は目の前にそびえ立っていた。  あのてっぺんにアスタロトがいる。その美しい顔を思い浮かべるのは簡単だった。アスタロトは全く食事に手をつけないという。抗議の絶食かと思うと、また居心地の悪さがじわりと増した。  伯爵は乱暴に窓を閉めた。  焦げつくような胸苦しさはもはや限界だった。伯爵は追い立てられるように、部屋を飛び出していた。
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