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2-16 変化
りんごの花はいっそう咲き誇っていた。
殺風景な城下の眺めですら、ここ数日は白い花びらが泡のように浮かんで、夢のように美しい。ほとんど無表情を思わせる領地の人々ですら、この季節は晴れやかになるようだ。ショウは久しぶりに穏やかな気分で出窓に腰かけていた。
「ほら、アスタロトさま、すっごくいい天気ですよ」
「いい天気だあ?」
アスタロトはあいかわらずベットから首だけだして、嫌味ったらしく答えた。
伯爵の許可がおりて、めでたく牢から出られたのに不機嫌である。
アスタロトは明け方早く部屋に戻ってきた。脱獄ではなく、正式に伯爵が牢から出したと知って、ショウは驚いた。
もしかして私の説得が功を奏したか?
なのでショウは機嫌がいい。城内も伯爵がみずから牢獄まで出向いて、アスタロトを解放したと、噂でもちきりである。
「この太陽が駄目なんだ。俺が日ざしが嫌いだってまだ憶えないのか。もう眩しくって死んじゃいそうだぞ」
「なに言ってるんです。魔族なんて殺しても這い上がってくるほど丈夫でしょうが」
「俺は織細なんだ。環境の変化に体がついていかん」
アスタロトはもぞもぞと毛布のなかにもぐり込む。ショウは出窓から降りると、アスタロトの毛布をはがした。
「あれ、顔が赤い」
ショウは手を伸ばしてアスタロトの額に触れた。
「熱がありますよ、これって風邪なんでしょうか、もしかして」
「らしいな」
アスタロトはショウの手を払いのけた。
「でも、素朴な疑問ですけど、悪魔って風邪をひくんですか」
「わからん、人間界の病に免疫がないのは確かだが」
アスタロトは寒気がするのか、毛布をかぶり直す。ショウはしばらく呆気にとられていたが、そうもしていられないことに気がついた。
「えーと、具合どうです?」
思い切り間抜けな質問をして、普段よりさらに神経質になっているアスタロトの癇にさわったらしい、さっそく噛みつかれた。
「悪いに決まってるだろう。さっさとカーテン引け。ああ、それよりお前、いい機会だ。俺を実験台にして治癒魔法の練習でもしてみたらどうだ」
「そんな危険なことできますか!」
ショウはブンブン首を横に振った。
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