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「偏食と不摂生が祟ってるんですよ。甘いものばっかり食べて」
「違うね、人間に化けてるから力が半減してるんだ。本来の姿だったらいくら俺でもこれきしの日光なんて気にならん」
「魔力が押さえられている割には、よく魔法をお使いですよね」
ショウはベットに腰かけたまま、サイドテーブルに置かれた陶器のボウルに白い布を浸した。きっちりと布を絞ってアスタロトの額にのせる。
「嫌味がいえる立場なのか? 誰のせいで心臓が焦げそうになったのか思い出してもらいたいもんだな」
「嫌だって言ったのに無理やり治療魔法使わせたのはアスタロトさまじゃないですか。それより答えてもらっていませんよ、伯爵とどんな駆け引きをして牢から出てきたんです。まさか脅してないですよね、それとも催眠でもかけましたか」
「お前、嫌になるほど伯爵と発想の方向が似てるな」
アスタロトは呆れたように言った。
ちょうどその時、足音がして、何の前ぶれもなくドアが開いた。噂の張本人、伯爵だった。
「アスタロト、体調がすぐれないと聞いたが」
伯爵は政務が終わるとただちに駆けつけたらしい。お付きの武官が一緒に部屋に入ろうとするのを片手で制して、さっさと扉を閉ざす。べットに駆け寄ると、心配そうにアスタロトを覗き込んだ。
ショウはなかなか劇的な伯爵の変貌を目の当りにして、言葉が出ない。
「大丈夫なのか、アスタロト。顔色が悪い」
「たいしたことはない。もともと虚弱な体質だからこういうことはよくある」
虚弱なはずもないのだが、アスタロトの姿がいかにも頼りなげなので、そこそこに信憑性はある。伯爵はアスタロトの額に手を当てた。
「熱があるじゃないか!大変だ、何か欲しいものはないのか、何でも運ばせよう」
「いや特にない」
アスタロトがそっけなく答えると、伯爵は明らかに落胆したようだった。いたたまれないような顔で、アスタロトを見つめている。ショウはさっきから、伯爵に弾き飛ばされた格好になっていたが、ようやく気を取り直して間に入った。
「ご心配には及びませんよ、アスタロトさまは単にお疲れなんです。しばらくお休みになればすぐに回復するでしょう」
「無責任なことを言うな!」
凄い剣幕で怒鳴られて、ショウは目を丸くした。
「大事な客人だ。万一があっては困る、医者を呼ぼう」
伯爵は真剣だった。すでに立ち上がろうとしている。しかし、アスタロトの体がいくらうまく人間に化けているとはいえ、左の胸部に謎の手形の火傷があるとなれば医者には見せられない。
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