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「大丈夫だ、俺の世話はこいつがするから」
アスタロトは慌ててショウのシャツの袖を引っ張った。伯爵はようやく視界にショウの姿を認めたようで、訝しげに彼を見た。
「ショウ殿は、医術の心得でもあるのか」
「いえ、そこいらの家政婦なみです」
不用意なショウの発言に、アスクロトは抗議を込めて、更に強く袖を引っ張った。仕方なくショウも言い繕う。
「ですが、アスタロトさまの面倒は昔から見てきましたので、この方に関しては下手な医者より詳しいと思います。ですから、折角のお気遣いではありますが、私がやらせて頂くということで」
「そうそう、本当にたいしたことじゃないんだ。こいつで充分、充分」
アスタロトもショウに加勢した。伯爵は不満そうに口をつぐんでいたが、アスタロトにも止められたため、不愉快そうにショウを見つめただけだった。不穏な空気を祭してアスタロトが話題を変える。
「それより、こんなところで油をうっていていいのか。祭りの準備をしなくてはならないんだろう?」
「ああ、それなら大丈夫だ」
伯爵はふいっとショウから顔をそらすと、アスタロトに微笑みかけた。あまりに露骨な伯爵の反応に、ショウは再び呆然とする。
これがあの伯爵なのか。
ショウは目の前で繰り広げられる二人の親しげな様子に衝撃を隠せない。
それにしても、この伯爵のなつきようはどうだろう。アスタロトもアスタロトだ。柔らかい春の日ざしみたいに笑ってる。いつもの皮肉まじりの笑いかたとは大違いだ。二人揃って別人みたいである。
ショウにしてみれば、こうして二人が打ち解けて話している姿をみたのはこれが初めてだった。ショウはここまで単独で伯爵に接近していたし、アスタロトも同様である。いろいろ親睦を深めていたのは知っていたが、まさかこれほど伯爵の警戒を解いているとは思っていなかった。
「開催の日までにやることは多いが、毎年のことだからみんな慣れている。料理や酒の出来を競うコンテスト、ダンスパーティ、どれもスムーズに進んでいるようだ。そうだ、祭りは城の中だけじゃない。林檎の木の下で花火も行う。当日は私につき合って一緒に会場をまわるといい。極上の林檎酒を用意させる」
「俺はそういうやかましい場所は苦手だ」
「私もだ。だから巻き込もうと思っている」
伯爵はいたずらっぽく微笑んだ。
いつの間に冗談まで言えるようになったんだ。
伯爵の堅物ぶりしか知らないショウとしては驚くほかない。アスタロトはショウの気持ちを知ってか知らずか、聖母マリアのように慈愛あふれる微笑みで相づちをうっている。
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