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1-3 魔界
どんよりと重く厚い雲。空に鈍く光る赤い月。
茨に包まれた外壁の奥深く、城の一室で押印の音が響いていた。
ポン!ポン!ポポン!ポン!
悪魔は嫌々ながら溜まった業務に勤しんでいる。
分厚い書類の束。四大魔王ともなると決済を迫られる案件が切れ間なくある。無計画に飛び出したように見えるが、これでも克己の処に行った時は、悪魔なりにスケジュールを見極めて抜け出したのである。
ただ思いがけず長逗留になり、見極めの意味がないぐらいぐだぐだに延長したが。
くっそー、ちょっとサボったぐらいでこれでもかと仕事を押し付けやがって。
お忍び以降、有能な秘書にがっちり拘束されている悪魔だった。すると、まるで不満の声が聞こえたかのように秘書が顔を出す。
「大魔王様」
ぎょっとした悪魔はバサバサと書類を振ってみせた。
「なんだよ、ちゃんとやってるぞ!」
「いえ、天界から緊急通信でございます。お繋ぎした方がよろしいでしょうか」
「緊急?」
悪魔は思わず聞き返した。天界・魔界は人間界で思っているような険悪な仲ではないので、連絡が入ること自体はごく普通である。だが、緊急通信となると穏やかでない。まして今は克己の件を天使に頼んでいる状況である。
「すぐ繋いでくれ」
「かしこまりました」
ピッと通信機が起動し、3Dの映像が目の前に姿を現した。本人がそこにいるようなリアルな感覚、天使のおでましである。天使は優雅な所作でお辞儀をした。
「突然申し訳ありません」
「相変わらず天界の者は眩しいな」
悪魔は目を細めた。白い翼が闇を弾き返すように眩い。
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