207人が本棚に入れています
本棚に追加
/343ページ
「大事な聖書を乱暴にしては、」
ショウが、小言を言いかけたのと同時だった。伯爵はすらすらとその一節を暗唱してみせた。慌ててベージをめくる。一言一句間違っていない。
伯爵の記憶は正確で、このまま放っておけば最後まで言えるのではないかと思わせるほど流暢だった。
「素晴らしい」
まるまる一章を完全にいい終えると、ショウは惜しみなく拍手した。
「単なる言葉の羅列だ」
「そんなことはありませんよ、是非、ミサの当日もお聞かせ下さい。みんな感動します。伯爵も参加されるんでしょう」
「様子は見に来る」
伯爵は、しばらく口ごもった。
「⋯⋯それよりアスタロトの体調はどうだ」
唐突に話がとんで、ショウは困惑した。
「ええ、もう随分いいようです、伯爵にも何度もお見舞頂いて」
「お前が礼をいう問題じゃない。側についていなくていいのか」
「よく眠っていたのでしばらく大丈夫です。それにあの人は少しくらい不自由を感じた方がいいんですよ。本当に我儘で、私なんて下僕扱いですからね」
ショウはこの所さんざんこき使われていたので、力をこめて言った。
「とにかく非常識なくらいマイペースですよ。食事だって気の向いたものを気の向いた時にしか食べないし、いくら注意しても自分が興味があれば人の忠告なんてお構いなし。それでいて必要となれば、私の予定なんて考えることもなく呼びつけて」
「⋯⋯あいつは私には我儘じゃない」
伯爵はショウに背を向けて、マリア像を見つめた。
「それは幸いです」
ショウは真顔で言った。
「あの人の気難しさは有名ですから。アスタロトさまが伯爵と穏やかに話されているのを見ると不思議な気分になりますよ」
「そうかな」
伯爵はマリアを見上げた。
林檎の真っ白な花が城下を埋めつくしていた。そして、それを見極めたかのように花火が上がった。
いよいよ祭りが始まるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!