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2-18 教会
花火が打ちあがるたびに、城の内外から歓声が上がる。
城の一部が解放され、伯爵はバルコニーで手を振った。今年は教会を開放して度量の広さを示したとあって、多くの民衆が拍手を惜しまなかった。
「アスタロト様、こんな光景、ここに来た当初からは考えられませんよ。ねっ、そうでしょう?」
ショウとアスタロトは、客分として伯爵のうしろに控えている。こういったイベントが嫌いなアスタロトはむっつりしているが、ショウは喜びを隠せない。教会の解放を告知してから伯爵は城内で刃傷沙汰を起こさなくなったし、癇癪の回数も減った。怒鳴り声のかわりに沈黙が増えていた。
「たいした人気だな」
アスタロトはぶっきら棒に答えた。普段鬱屈している分、無礼講の祭りはより一層領民の気持ちを躍らせている。だがこの例年にない盛り上がりは教会の解放にある。遠方からも領民が駆けつけて、これまでにない賑わいだった。
祭りは順調だった。
全て手順通りにすすみ、一日はあっという間だった。
「盛況ですね」
日暮れ頃、ショウは伯爵にようやくそう言えた。伯爵をはじめ、客分の二人もゲストとして声がかかっており、朝からずっと各イベントに顔を出していた。だから今日になって、かわせた私語はわずかに二言三言に過ぎない。林檎酒の試飲を終えて、移動する際にようやく目があった程度である。
「まだまだこれからだ」
伯爵は厳しい目でそう答えた。
ショウはまた漠然とした不安を感じた。だが深く考えるほど時間がなかった。三人はスケジュールに追い立てられながら次のイベントに足を運ぶ。
ショウはその後、胸騒ぎが杞憂であることを確認するために、何度も伯爵の横顔を盗み見た。伯爵はいつにもまして静穏だった。
だが、この領民にとってはその静けさも感動的だった。
今までは祭りの間でも油断ならなかった。伯爵は周囲をお付きの武官で固めてものものしい雰囲気だったし、決して祭りを喜んではいなかった。楽しげな民衆の様子を見ても、笑顔一つない。だから祭りは伯爵のいないところで盛り上がる有様だった。
それが今年は違う。客人が来てからというもの、伯爵は人変わりしたようだ、という評判がたち、半信半疑だった民衆もその微妙な変化を嗅ぎとっていた。武官の代わりにきらびやかな客人を引き連れているのも感じが違う。だから多少のぎこちなさはあるものの、祭りは大盛況だった。
方々で林檎酒を振る舞われ、全体がぼんやりとしたいい気分になってきたところで、いよいよ祭りも終焉に近づていた。
ショウはたび重なる試飲でほろ酔いになっていたが、ここまで無事に過ぎたことですっかり上機嫌だった。アスタロトもしたたかに飲み、それでも全く素面のような顔をしてまだ酒に手を出している。そうこうしているうちに、いつの間にか月がのぼっていた。
「信ずるものは教会に」
兵士が鐘を鳴らしながら声を張り上げ、歓声があがった。
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