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教会に向かう人の波の中から逸れて、ショウはアスタロトに声をかけた。
「アスタロトさま、ミサの時間のようです」
「らしいな。もう熱心な信者は待ちきれず教会で祈ってる。ミサに興味がなければ、このまま祭りを楽しんでいればいいらしい。俺はここにいる。お前はどうするんだ?」
「もちろん参加しますよ、アスタロトさまはどうしていらっしゃらないんですか」
「俺は悪魔だぞ。あの教会は聖域だ。光が強すぎる」
ショウは納得して、一人で教会に向かった。
アスタロトが悪魔だと言うことを伯爵が知ったら、どんなに驚くだろう。
小言ばかりのショウの方がよほど悪魔に見えているかもしれない。
ショウと伯爵はぶつかってばかりだった。心の中ではショウもよくわかっている。伯爵が打ち解けてきたとすれば、それはきっとアスタロトのおかげだろう。でもショウだってできる限り言葉を尽くしたつもりだ。
真っ白なドアを開け、後ろの壁際に立った。座席は一杯で、座る場所はなかった。
伯爵はすでにいた。祭壇から少し離れた場所で腕組みをしている。
教会は凄い熱気だった。座り切れずにあふれた人達が通路で押し合いへしあいしている。この日までひっそり信仰を隠してきた人々は興奮の最中にあった。領地には伯爵の徹底した弾圧によって宗教画一つない。突然与えられた美しい教会と月の光に照らし出された大理石のマリアは、そんな人々をうっとりさせるのに充分だった。
厳かにパイプオルガンの調べが広がり、ミサが始まった。
澄んだ音色に教会は静まり返った。荘厳な空気に包まれた中、これまで投獄されていた神父が登場し、話を始める。
誰もが身じろぎもせずに話に聞き入っていた。乾ききっていた宗教心が久方振りに癒され、人々は一心に祈り始めた。
ショウはミサの成功を確信して一息ついた。そして半ば習慣的に伯爵の様子を伺おうとした。
伯爵の姿はなかった。
ショウは驚いて教会の中をくまなく見回した。どこにもいない。
どこに行ったんだ、せっかくのミサの最中に席を立つなんて。
ショウは居ても立ってもいられず、教会を抜け出した。
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