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伯爵の中に沸き上がったのは、恐怖ではなく憤りだった。
こうなる事を防ぐためにあらゆる手を尽くしてきた。その苦労は一体何だったのか。沢山の血を流し、決して逆わないようにきつく教育した。それは今夜の処刑で完全なものになったはずだった。なのに何故こんなことが起こるのか。
伯爵の計算では、今日散々な目にあった民衆は命からがら家に帰り、未来永劫、伯爵に逆らうことは許されないと言い広めるはずだった。
そうなれば、伯爵の残忍性は今まで以上に強固な鎖となって彼らを縛る。彼が領主になってから慢性的に存在する不穏分子の動きも封じられるかもしれない。伯爵は己の悪評が高まれば高まるほど、我が身が安全になると確信していた。
だが今回の処刑に関しては、政策以外の意味もあった。
伯爵のプライベートな賭だ。
アスタロトは伯爵のやり方を間違っているといい、ショウは卑劣だと決めつける。
だが伯爵は思う。彼らはこの土地や時代を知らないのだ。彼らの意見はあまりに良識過ぎて、恵まれた環境だけで通用する飾り物だった。
道徳を唱える教会もしかりだ。だから伯爵は教会を破壊することで、彼らに現実を叩きつけてやろうとしたのだ。
もっとも、それは伯爵の理性が考えついた理由で、それだけでない感情の動きもある。伯爵は敢えてそれを言葉にしないだけだった。
ドーン……と地鳴りがした。
伯爵はテーブルに手をついて体を支えた。伯爵が領主についてから来る日も来る日も追従を欠かさなかった幹部兵は城内にいるはずだが、誰一人来ない。これまでかなり優遇してやったはずだが、結局、意味を成さなかったと言う事だろう。
伯爵は鼻先で嗤った。
不覚だった。いくら処刑がうまくいって気をよくしていたとはいえ、兵士の異変に気づかないなんて間抜けにもほどがあった。しかもその間抜けなミスを犯したのが、この警戒心の固まりである自分なのがなおさら滑稽だった。
バリケードはいつの間に張り巡らされたのか。
この反逆はいつ計画され、中心人物は誰なのか。
伯爵は、夜着を脱ぎ捨て、武装しながら考えた。
最もよく切れる剣を手にすると、ようやく彼本来の落ち着きが戻ってきた。
彼はこの領地の誰よりもこういった状況に慣れている。
だが情報が少なすぎた。敵の配置も数もわからない。
唯一はっきりしていることは一人で戦わなければならないということだ。
また銃の音がした。
もし兵士が反逆にかかわっているとすれば、彼らを鍛えたのは伯爵自身だった。おそらくこの国内でもっとも手強い武装集団を相手にしなくてはならない。
伯爵は剣を抜いた。いざとなれば自らを斬るしかないだろう。それでも他人に殺されるよりはマシだった。
刃は誘うように白くねっとり輝いていた。伯爵は軽く息を吐き出して、鞘に収めた。とにかくこの部屋を抜け出すのが先決だった。
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