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2-20 葛藤
時間は少々遡る。
教会爆破後のアスタロトの部屋である。
「まあ、そんなに落ち込むなって」
アスタロトは柄にもなく慰め役に回っていた。ショウは屋上でのやりとり以降、真っ青な顔で自室に駆け込むと、毛布をかぶって沈黙している。
ジュヌーンでは人間なんて天魔の家畜同然と認識していたショウだったが、一緒に暮らしてみれば情もわいたし、伯爵にも淡い期待を抱いていた。
しかしその期待は粉々に砕けた。
「お前って意外と正義漢だったんだな」
アスタロトは、ほとほと手を焼いて、ため息をついた。
「他人の事なんか関心がないタイプだと思ってた。まして人間がいくら死んだって、血相を変えて怒るほど思い入れるなんて予想外だ」
ショウは黙っていたが、話は聞いているようだった。アスタロトは切り口を変えてショウに尋ねた。
「伯爵のことをひどい奴だと思ってるだろ」
「……もし魔法が自由に使えてたら殺してます、きっと」
ようやくショウは絞り出すように言った。アスタロトはベッドに腰掛けた。
「伯爵の心の中には、牢にいた時のままの子供が住んでいるんだ。抑圧が強すぎて本人も気付いてないだろうが」
ショウはそろりと毛布の間から顔を出した。
「……どういう意味です?」
「データにもあったが伯爵の両親はともども熱心な信者だろう。その二人に育てられたという事は、本来、伯爵には宗教的素地が充分にあるはずなんだ。
小さい頃に受けた教育は人格形成の基盤になる。普通なら伯爵は決して弾圧するような暴君にはならない。でも伯爵はそれをした。合理的な伯爵は無意味なことはしない、やるからには理由がある」
アスタロトは窓の向こうの北の塔を顎でしゃくった。
「伯爵はよくよく身に沁みたんだ。神に祈っても願いなんて叶わないって。
だってそうだろう、あんな立派な教会を建てた両親はどうなった? 父は肉親に裏切られて惨殺、母は幽閉されて狂死。自分は幽閉。全身全霊で祈っても何一つ変わらない。
伯爵は当時、無力な子供だ。純粋に教義を信じていた分、失望も大きかったに違いない。聖書を一言一句間違えずに暗唱できるという事は、それだけ何度も反芻したという事だ。そして日々裏切られた」
「あなたは想像力が豊かですよ」
「俺も北の塔に入ったからわかったんだ。あの塔は本当に高い場所にある。窓は小さいが城の中の様子が手に取るように見えるんだ。
伯爵は毎日見ていた。最悪の罪をおかした叔父の幸福な日々と、残飯すらろくに食べられない自分。それを十数年。伯爵が『天』は祈るに値しない、と切り捨てたとして、何の不思議もない」
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