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「失礼します、ちょっといいですか」
顔見知りの兵士が、辺りを覗うように部屋に入ってきた。ショウは伯爵に命知らずの直訴を繰り返していたおかげで、下っぱの兵士に尊敬されつつある。ショウは兵士にやさしく微笑みかけた。彼はこういう時、よそ行きの表情を作るのがとりわけうまい。
「どうしました?」
兵士は尚も注意深く辺りを見回した。
「あの、⋯⋯その、伯爵は今日はもうこちらにはいませんよね」
「ええ、あんな人とは絶縁しました」
ショウは腹立ちまぎれに強い口調で断言した。兵士はほっとした様子で、部屋の真ん中まで進み出ると、声を潜めて切り出した。
「逃げてください、そろそろ暴動が起きます」
「は?」
咄嗟に言葉が理解できなかった。兵士はくり返した。
「クーデターです。伯爵を追い詰める為とはいえ城に向けて大砲を撃ちますから部屋が崩れる可能性がある。ここにいては危ない」
ショウは目を見開いた。
「ちょ、ちょと待って。クーデターって、今から?」
「そうです。待ったなしで実行に移します」
兵士は頬を紅潮させた。
「詳しいことは話せませんがお二人はお客様、部外者でおられます。馬は用意致しましたので本国にお帰りください」
ショウは動悸を押さえながらアスタロトを振り返った。
アスタロトはつかつかと兵士の前に立ち、じっと彼を見つめた。兵士は吸い寄せられるようにアスタロトの瞳を見つめ返す。するとたちまち視点が定まらなくなり、立ちながら寝ている状態になった。催眠は悪魔の得意とするところである。アスタロトは低い声で質問を始めた。
「今から俺の質問に答えろ。暴動は誰が起こす」
「下級兵士の……」
兵士は少し呂律が回らない口調で、ゆっくり言う。
「下級兵士の全員」
「なんだってえ!」
アスタロトとショウは思わず同時に声を上げた。
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