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「そうです。私はね、人間はいちいち生まれ変わらなくても、心構え一つで何度でもやり直せる生き物だと思っています。
あなたがやり直そうと思えば、新しい自分を作ることができる。この領地を出て、まっさらな場所で一から始めれば、きっと新しい自分にも、なりたかった自分にも変れるでしょう。
それは証明しろと言われてできる類いのことじゃない。あなたが自分を信じて頑張れるかどうかです。
私はあなたに嫌がられながらたくさん説教をしてきましたけど、いくら他人が口やかましく言ったって、本人に聞く気がなければ無駄なだけですよ。あなたが民の心を掴めなかったように、人の心は縛れない」
「……」
「だからやり直すといっても、どんな風に変わるかは伯爵の自由です」
ショウはいささか投げやりにため息をついた。
「さんざんくっつき回ってわかったことは、私には小さなきっかけを与えられるのがせいぜいだということですね」
伯爵はどう答えたらよいかわからずに、黙っていた。
「また砲撃がくる」
アスタロトがカーテンの向こうをじっと見た。
「その砲撃でこの窓は砕け散るだろう。抜け道があるなら早く避難した方がいい。さっさとやろう」
アスタロトは本棚を透視して、本の隙間に手を突っ込んだ。
伯爵は息を呑んだ。アスクロトの腕が影のように透けて、本を通過しているのだ。そしてアスタロトが腕を元の位置に戻すと、無事本棚が回転し、隠し通路が開けた。扉の向こうにさらに扉がある。三人はすばやくドアの内側に入って本棚を戻して固定した。
中扉を開ける。そこは別世界のように真っ暗だった。またカギをかける。
さらに二個目のドアを開けると、黴のこもった空気が充満していて窒息しそうになった。
数十年の間、ここの空気はあまりにも静かに流れていたのだ。そして三人はドアの向こうでとてつもない爆音を聞いた。建物自体がかなり損傷したらしく、石の壁で強固に守られた通路にいても、まともに立っていられなかった。
「正確な砲撃だ」
伯爵は呟いた。
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