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手探りで通路の階段を降りていく。
地下に下りながら、伯爵はさっきまで使っていた自分の部屋の惨状が目に浮かぶ気がした。ガラスは砕け、破片が雨のように降りそそぐ。彼が大切に使ってきた城主の椅子は倒れた机とともに潰れたに違いない。
「この抜け道でどこに出るつもりだ」
神経を張り詰めて階段を下りる伯爵に、アスタロトが尋ねた。
「そうだな、この抜け道では直接城の外には出られないんだ。いや、当初は出られるようにしてあったんだが、万一の外からの侵入を恐れて私が潰してしまった」
「貴方がやりそうな事ですよ」
ショウが肩を落とす。伯爵は続けた。
「庭の東屋までは出られる。そこが城壁に最も近い。だがいくら城に大多数の戦力を集中させるにしても、万一の脱出に備えて庭にも兵は配備するだろう。砲撃中は神経を張りつめている。今は駄目だ、兵士に隙ができるまで待つ」
「そこから城外に行くルートは?」
「城から操作して壕につり橋を渡さないと外には出られない」
「なるほど」
アスタロトは眉をしかめた。伯爵はこれまでの鉄壁の防御が自らの枷になっている事を嗤った。
「それこそお前の術の方が役に立ちそうだ」
「今の俺の術ではそこまでできない。俺は壁を抜けられるが、お前を通過させられない」
「それも体質なのか」
「まあ、そういうことだ」
「ショウ殿もそうなんだろう?」
その問いかけには切ない響きがにじんでいた。
伯爵はこの地下に入ってから思い知らされていた。この闇の中、抜きんでて敏捷なはずの自分でも頻繁に躓くのに、彼らは一度も歩調を緩めない。急勾配の階段をなんの苦もなく進んでいく。階段の終わりに来て、足もとを確かめなくてもそれが最後の石段なのが見えている。
伯爵は目を凝らした。二人の視線は感じるのに、やっぱりその姿は見えなかった。伯爵は小さくため息をついた。
「東屋の真下には隠し部屋があるはずだ。小さいが、砲撃が続けばこの城は崩れる。移動した方がいい」
伯爵は先に立って二人を案内した。足手まといになりたくはなかった。
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