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「大丈夫か」
アスタロトは伯爵の額に手を当てた。伯爵は酸欠のせいで、いつになく反応が鈍かった。それでも強気を保とうという根性はあるらしい。
「戦地に比べればこれくらい何でもない。それよりお前は大丈夫なのか、一応、虚弱体質なんだろう」
言いながら伯爵は手探りでアスタロトの頬に触れた。
あの美しかった肌に、泥の感触がする。アスタロトもショウもそこにいるのは気配でわかるが、隠し部屋はやはり暗く、二人がどんな状態なのか、はっきりは見えなかった。
伯爵はアスタロトが汚れているのが言い様もなく悲しかった。アスタロトに不自由させるのはつらかった。
だが今の伯爵には何の権限も無い。手足になって働く者もなく、見渡す限りの領土も奪われた。部屋を用意してやることも、食べ物や水ですら調達することができない。
「もうお前に何もしてやれない」
伯爵は絞り出すように言った。アスタロトは伯爵を揺さぶった。
「俺のことは気にするな。確かに俺は虚弱だが芯は頑丈だ」
「なんだ、それは」
「それより、俺は自分の友人が不遇のまま野たれ死ぬのをみたくないんだ。
伯爵。いいか、お前は強いんだ。俺が認めた筋金入りだ。こんなことぐらいで何もできないなんて思っちゃいけない。そんなのは気の迷いだ」
「アスタロト⋯⋯」
アスタロトの声は闇の中でも力強かった。
「お前の察した通り、俺たちはお前とは違う。だから俺はお前とずっと一緒にいるわけにはいかない。でも離れたからって、お前を忘れたりしないし、友人を解消するわけでもない。
傍にいなくても、一度は親しくなったお前が幸せに生きていてくれることを願う、これは俺のエゴイズムだ。でも、それでも敢えて頼まずにいられない。俺がお前を思い出す時、お前はきっと幸福になっていてくれ」
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