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「うまく化けましたね」
「誰に向かってものを言ってるんだ」
アスタロトは伯爵の顔と声でショウに文句を言った。ショウは奇妙な気分でそれを聞く。アスタロトの声でいくら罵倒されても特にどうということはないが、伯爵の姿だと不思議な気分だ。
「俺がこの姿でまず門から出る。できる限り兵士を引き付けて東の国境まで抜けたら姿をくらます。
伯爵は城が手薄になったら馬で西に逃げろ。ずっとずっと西に進むんだ。ずっと西に進んでいけば、いつかお前のことを誰も知らない違う国までたどりつける。ショウ、お前は途中まで伯爵の護衛だ。もし万が一伯爵を狙うものがあれば、人質のふりをして騒げ。相手が怯んだすきに逃げるんだぞ。
とにかくこの領地を無事に出られるまでは側にくっついていろ。なに、早馬にちょっと力を貸せば、この領地ぐらいあっという間に抜けられる」
「アスタロトさまは大丈夫なんですか」
ショウは張り切っているアスタロトに、青ざめながら言った。ショウはこういった荒くれた事態は初めてだ。
「楽勝だ。俺は国境ぞいの林檎並木で待ってる。それより伯爵、」
アスタロトは突然、ぐっと伯爵を引き寄せた。思いがけず強い力だった。
伯爵は度肝を抜かれたらしく、硬直している。
「気をつけろよ。もうこれで会えなくなるが⋯⋯俺はお前が好きだったってことを忘れるなよ。絶対」
ショウも息を呑んだ。アスタロトがこんな素直な物言いをするのを初めて聞いた気がする。伯爵は棒のようにぎこちなくアスタロトの抱擁に応えたが、微かに頷いただけで返事はしなかった。
息を潜めていると、そのうち伯爵の耳にも届くほどの激しい足音と悲鳴が聞こえてきた。アスタロトとショウは地上の様子を透視しては、逐一伯爵に状況を伝えた。
だから伯爵にも城の状態が目に見えるようだった。アスタロトの解き放った使い魔のおかげで、城内はひどいパニックに陥っている。
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