2-24 逃亡

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2-24 逃亡

 す、凄い。  ショウは想像を絶する矢と銃の追撃に、冷汗をかいていた。  先に出ていったアスタロトは、さっそく兵士に見つかり(と言っても見つかるようにふるまったのだが)城をゆるがすような兵士の怒号で、辺りの空気はびりびりと震えた。  伯爵の姿をしたアスタロトは、最短距離の兵士から即座に馬を奪うと、城外に向けて疾走した。  その背中に向けられた攻撃の凄まじさは想像を絶していた。  間断なく射かけられる弓矢、そして心臓を狙って乱射される銃弾。槍をつき刺そうと追いかける騎馬隊。  ショウは兵士たちの形相の凄まじさに身震いがした。  人は恐怖につき動かされると、こうまで残酷になれるのか。  伯爵に抑圧されていた時、あんなに従順だった彼らのどこにこんな狂暴な牙が隠されていたのだろう。自分ならあれほどの攻撃を受けながら悪役を演じる余裕などとてもない。  それは攻撃の量ではなく、煮えたぎるような憎悪と殺意に立ち向かう自信がないと言うほうが正しいかもしれない。  アスタロトはその点、憎々し気なイメージを損なうことなく完全に伯爵を演じ切っていた。  いつもの鎧を身に着け、剣をふるいながら駆け抜けていく伯爵が、実はアスタロトだと見抜けるものは誰一人としていない。  はらはらしながらショウが透視していると、アスタロトは煽りながら器用に兵士を引き寄せ、ぐっと先に抜きん出た。躍起になった兵士が次々と追いかける。アスタロトは門を抜けた。蹄の音が次第に遠ざかり、城の中は抜け殻のように静かになった。 「そろそろ私たちも行きましょう」 ショウは伯爵に声をかけた。伯爵は素直に従った。石をどかした隙間から一人ずつ脱出する。  外の空気は清々しかった。ショウは大きく息を吸う。 「⋯⋯ひどいありさまだな」 後から道い出てきた伯爵は、わずか一日たらずで廃墟と化した我が城を見て呟いた。城は中央部から無残に崩れていた。教会の骨組みは炭化していたし、アスタロトが解き放った怨霊のせいで城の周囲には嫌な感じの暗さが立ち込めて居る。甲斐甲斐しく働いていた召使もいない。  伯爵はかつて幽閉されていた石の塔を見上げた。ポッキリと上半分がなくなっていた。きっと大砲の流れ弾で吹き飛んでしまったのだろう。
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