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「こんなひどい状況だっていうのに、お前たちと出会ってからのことを、日めくりみたいに思い出すんだ。アスタロトの言葉や、ショウ殿と喧嘩をした時のこととか」
伯爵はまたしばらく押し黙った。その間も馬は風のように森を抜ける。
「この前アスタロトを石の塔に監禁したのは、政治的な理由なんかじゃない。親しく話をするようになったら、アスタロトがショウ殿に話しかけているのが許せなくなったんだ。無性に腹が立った」
「⋯⋯」
「アスタロトはいつも優しかったが⋯⋯それは高いところから降りそそぐ日差しみたいなもので、決して対等な関係じゃなかった。
だがショウ殿はアスタロトと同じ世界に生きているように感じた。それが私には越えがたい壁に思えた。アスタロトにとって私の位置付けは何だったのか⋯⋯それはきっと同情だったと思う」
伯爵はそっと手を出して林檎の花びらをつかまえた。
「アスタロトは私の境遇を哀れんだんだろう」
「⋯⋯」
ショウが沈黙すると、伯爵は思いがけない強い口調で言った。
「でも同情でもなんでも良かった。アスタロトが一緒にいてくれるなら、それが見せかけの芝居でも別に⋯⋯いや、これは、嘘だな。
ショウ殿、私は試さずにはいられなかった。私がどんなに残虐なのかを知ってもアスタロトは私を見捨てずにいられるだろうかと」
ショウは手綱を緩めなかった。伯爵の声がかき消されてしまえばいいと願った。風に流れた白い花びらが視界を邪魔する。
「……それで、教会を燃やした」
伯爵の声は淡々としていた。
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