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ショウはまたしても答えようがなかった。だが頭の中にアスタロトの声が蘇った。
伯爵の中には、子供が住んでいるんだ。
そうだ。
確かにいつだって伯爵の言動は独占欲剝き出しの子供みたいに激しかった。
ショウはアスタロトに向けた伯爵の言動や表情を思い起こす。
はじめての友達に戸惑いながら、でも些細なことが嬉しくて、話したくて、離れたら不安で、気を引くためになりふりかまわない。
あなたは結構、罪作りな事をしましたよ、アスタロトさま。
ショウは心の中で呟く。伯爵は続ける。
「あの教会はかねてから壊そうと思っていたから、ちょうどいいと思った。
アスタロトの偽善を確かめて、ショウ殿の鼻をあかして、こんな甘ったるい迷いの世界から抜け出してやる。そう思っていた。
でも本心ではその予想が裏切られることを期待してたんだろう。全て首尾よく進んだのに空しかった。こんなやり方しか知らない自分に嫌気がさした。
それに⋯⋯気付いてしまったんだ。試してどんな答えが出たとしても、私はアスタロトを忘れられない。今でも思う、こんな時なのに」
伯爵は握っていた手のひらを開いた。白い花が風にさらわれる。
「さっき地下でアスタロトが別れを告げたとき、私は縋り付いてしまいそうだった。どこにも行かないで欲しい。離れるぐらいならいっそ地下に閉じ込もったままでいい。でも、」
伯爵は目を閉じた。
「アスタロトは私を好きだと言ってくれた」
――――――それは生まれて初めて自分にむけられた言葉。
あの時、闇の中にまっすぐ光が差したような気がした。
「こんな私を忘れないと言ってくれた……もう、それで充分だ」
アスタロトの声の余韻がまだ耳の中に残っている。
名残惜しくて何度もその響きを反芻している。その声が蘇えるたび、氷が解けるように胸の奥が熱くなった。
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