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2-25 魔法
まるで花びらの絨毯だった。
大量の花びらに埋もれて、体が地面に沈んでいく。
背中が冷たかった。その間にもはらはらと花びらが降ってくる。
「⋯⋯ふー⋯⋯」
アスタロトは林檎の木の下で、仰向けに寝っころがっていた。
もう日が落ちて辺りは薄闇が満ちており、林檎の花びらだけが白く光っている。アスタロトはぼんやりした意識をたぐりよせ、現状を確認しようとした。
兵士の数は大変なものだった。
アスタロトは無関係な人間界の生き物に傷をつける気はなかったので、傷をつけるような反撃をしていない。かといって十分な時間、彼らを引き付けておかないと伯爵に危険が及ぶ可能性が高くなる。
だからアスタロトはあえて時間をかけて接戦した。
実に数時間。彼らが疲弊して動けなくなるまで、野といわず山といわず駆け回った。
長時間の攻撃に耐えるため、矢も銃も当たらないよう全身を守護の魔法で包んではいた。馬も強化したのでスピードも緩まない。そうこうしているうちに兵士達の武器は底を尽き、へとへとになって脱落していった。
だが、アスタロトもはじめこそ余裕だったが、さすがに魔物に向かない真っ昼間、しかもあらかたの魔力を魔天学院に預けている状況である。はじめは完璧だった守護魔法も最後の頃には効力が切れ、腕や足に幾つも傷を負った。
強さは比ではないが、兵士は蟻の子のように数だけはいる。ようやく逃げ切って、ついに領地の境界付近まできた。そしてしぶとく追いかけてきた騎馬隊の目の前で、馬上から一気に湖に身を投げた。
ここまですれば、兵士たちは伯爵が追い詰められて入水したと思うだろう。
アスタロトはしばらく水の中で身じろぎもせずにいた。伯爵の姿を見失った兵士たちは水の上からこれでもかと攻撃を続け、矢も銃もさんざんに撃ち込まれた。長い時間の経過があったが、ようやく兵士が諦めて帰ったのを確認してから対岸まで泳いだ。
そして待ち合わせの場所に辿り着いた時には動けなくなっていた。
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