2-25 魔法

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 ⋯⋯敵は完全に、振り切ったはず。  アスタロトは頭の中で、ついてきていた兵士の数とその戦いの途中で脱落した兵士の数を数えあげる。兵士は軽く数百名いたが、アスタロトは全ての戦局を完璧に思い出すことができたし、その顔ぶれや戦いぶりも記憶していた。  アスタロトは落ち度がなかったことを確かめると、そのまま軽く目を閉じた。もう伯爵の姿はしていない。湖に沈んですぐに変化の魔法も尽きた。  顔や指先に柔らかい羽が舞い落ちるように、花弁が触れていくのを感じた。このまま半日も眠っていれば、きっと埋もれてしまうに違いない。  それも悪くないな、と厭世的になっていると、聞き慣れた声がした。 「アスタロトさま⋯⋯アスタロトさま、どこです」 返事をすればいいのはわかっていたが、今のアスタロトには指一本動かすのも面倒だった。だからそのまま声を聞く。 「アスタロトさま、こちらなんでしょう?」 ショウは迷子のように声を張り上げた。いつもならきんきんよく響くその声も膨大な花びらに吸収されてしまうのか遠くに聞こえる。 「アスタロトさま!」 だから、突然体を揺すられて、アスタロトは少し驚いた。 「⋯⋯早かった、な。ショウ」 「とんでもない、それよりアスタロトさま、大丈夫なんですか!」  アスタロトは微かに眉を寄せた。何を心配しているのかわからなかった。ショウの必死さがおかしかったが、それを言ったら張り倒されるほどの剣幕だった。 「伯爵は」 「伯爵は無事です。ご指示通り、西の境界まで連れて行きました。馬と金貨と食料も渡しておきました。私はちょっとズルをして……でも非常事態なので瞬間移動でここまできたんです。とにかくあの人は平気です。心配ないです。それよりアスタロトさま、この出血は一体どうなさったんです!」 「出血?」 「アスタロトさまの下の花びらが真っ赤です。兵士にやられたんですか、守護魔法はどうしたんですか!」 アスタロトは体を起こそうとした。しかしまったく力が入らなかった。だが動こうとしたことで、今まで麻痺していた痛覚が戻り、激烈な痛みが走った。  下腹部に深い傷があるらしい。そこからずっと出血し続けていたのだろう。それで意識がはっきりしないのか。他人事のようにアスタロトは思った。  おそらく湖に沈んだ時、兵士たちが水中に向かって打った銃弾のどれかが掠めたに違いない。アスタロトはままならない手を動かし、傷をまさぐった。
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