2-26 エピローグ

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「アスタロトさまは伯爵の魂を見て何とも思わなかったんですか!」 ショウはいつもの無表情を忘れてアスタロトに詰問した。アスタロトは静かに答えた。 「伯爵の魂は規定に値するきれいな魂だった。お前が姿を見せたぺナルティを差し引いても問題ないほどに。だからお前は合格できた」 「⋯⋯」 「伯爵はお前と別れてすぐ、一人で隣の領地に攻め入ったんだ」  アスタロトの言葉は報告書でも読み上げるように明瞭だった。それでも充分ショウは混乱した。 「そしてクーデターの黒幕である隣の領主を討ち取った直後、敵兵に殺された」  ショウは、まさか、と口の中で呟いた。どこか遠い所で、自分の声が空回りしているような気がした。 「下級兵の反乱によって、伯爵の領地はまんまと隣の領主に奪われてしまう。  嫌というほど戦地を見てきた伯爵は、そうなればあの土地に住む人々がどうなるかわかっていたんだろう。  世間知らずの下級兵たちはわかっていなかった。甘い言葉でそそのかされていたが、実際に隣の領主があの土地を奪えば、侵略された土地の者の行く末は奴隷しかない。家も林檎も奪われて、牛馬のごとく働かされる。  あんな事態に陥っても、伯爵はあの土地の領主だ。領主には領民の生活を守る義務がある。伯爵はできる限りの行動をとろうとした」 「それが犬死にだっていうんですか?!」 「時間を稼いだんだ。隣の領主がいなくなれば、しばらく内紛でごたついて敵は敏速な行動がとれないし、事前に交わした都合のいい乗っ取り話も無効になる。その間に伯爵の兵士達は戦力を立て直すなり、新たな権力者を立てて応戦するなり対処できる。だから伯爵は隣の領地に向かった」 アスタロトはしばらく口ごもった。そしてため息まじりに呟いた。 「伯爵はきっと捨て駒になることで、領民に償おうとしたんだろう」 「⋯⋯償う?」 「自分がしてきた残酷さを知ってしまったから」 ショウは黙った。アスタロトも沈黙し、部屋は痛いほどの静寂に包まれた。  ショウの頭の中には別れ際の伯爵の姿が浮かんでいた。  あの時、伯爵はもう決意していたんだろうか。あの長い一人語りは懺悔だったんだろうか。敵地に乗り込めば確実に死ぬとわかっていて、自分に反旗を翻した民衆のために、伯爵はそれでも死ぬ気になったんだろうか。 「⋯⋯私は、人間の考えることはわかりません」  ショウは、こらえきれずに言った。頭の中でぐるぐる考えていると、思考が膨らんではじけそうになる。
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