206人が本棚に入れています
本棚に追加
「何でですか、伯爵はこれからやり直すはずだったんですよ。何もかもみんな、これからだったのに、」
「⋯⋯泣くなショウ」
アスタロトに言われて、ショウは慌てて頬を拭った。
そんなことあるわけないと思っていたのに、手の甲が濡れていた。ショウはとっさに顔を背けた。アスタロトを正視できなかった。
「アスタロトさまが伯爵にずっと優しかったのは、知っていたからなんですね」
「いや、俺は伯爵が好きだったよ」
アスタロトは言った。
「問題は多かったが、伯爵はどんな逆境も不幸も立ち向かっていくだろう。誰もが当たり前に持っている弱さすら意思力でねじ伏せる強さ、誰の手も借りようとしない、というより、他人の手助けなんて始めから考えたこともない無類の独立心が好きだった」
「⋯⋯」
「伯爵が研修の対象として選ばれたのは、行いが悪いからじゃないんだ。この研修に選ばれる第一条件は、誰より救いを求めていることだ」
「伯爵が?」
「ああ。そんな素振りを見せるはずもないが。そうでなければ選ばれない」
アスタロトは闇の向こうに面影をさがすように目を細めた。
「話すたびに強く感じた。伯爵の孤独は絶望的だった。あれほど愛情が必要な人間という種族でありながら、まともな人間関係が一切築けていない。
もし俺が必要以上に伯爵に優しかったようにみえるなら、それは焦っていたせいだ。時間が限られていたのはわかっていたから、その間に伯爵をもっと好きになりたかった。伯爵に、伯爵のことを好きになった存在もいるってことを伝えたかった。そうじゃないと伯爵は生まれて死ぬまで、ずっと一人きりになってしまう」
ショウは顔を上げた。傷ついたようなアスタロトの瞳と出会ってハッとする。アスタロトは決して泣いていなかったが、その泣き方すら知らない不器用さが、伯爵の姿と重なった。
「アスタロトさま⋯⋯」
「伯爵が俺のお節介をどう思ったかはわからない。だけどせっかくこの世に生まれてきたのなら、友達の一人ぐらいいたほうがいいじゃないか」
アスタロトは逃げるように立ち上がると、大きく窓を開けた。
最初のコメントを投稿しよう!