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夢じゃない。ちゃんとそこにいる。
唐突にきゅっと胸が痛くなった。克己は自分がどれほど悪魔に会いたかったかを思い知った。がむしゃらに抱きつく。
「この馬鹿! 元気でいるならなんで来ないんだよっ! 俺、お前とはあれっきりかもって、何かあったのかってすげえ心配して、こっちの世界も変なことになってるしもう何が何だか」
抱きつかれた衝撃に思わずよろけたが、悪魔の非力さなどお構いなしに克己は強くしがみついた。力を緩めたらまた消えてしまいそうで怖かった。
「ちょっと戻るって言ったらさ、普通、二三日だと思うじゃん。それがもう夏だぜ! わかってんのかよ!」
「あー、それはだな、魔族は寿命が長いから人間とは時間の感覚が違うんだ。数か月なんてほんのひとときでな」
バツが悪そうなその声も懐かしかった。克己は嬉しさのあまりさらに強く悪魔を抱擁した。
「意外と怪力だな」
「うるさい! 心配ばっかかけやがって」
「……すまなかった」
克己が動かないので、悪魔も黙ってじっとしている。
ストレートに喜ぶ克己に比べ、素直じゃない悪魔はどんな言葉をかければいいのか見当もつかない。無粋だと思いながら用件を切り出した。
「実はだな、またしばらくここに厄介になりたいんだ。お前の言う変テコな現象を収めなきゃならない」
「太郎が? 大丈夫かよ」
克己はあからさまに驚いた。何しろ悪魔を新米のポンコツだと思ってる。
「ああ。世話になるのに手ぶらも悪いから土産を持ってきた。魔界まんじゅうと魔界絵葉書、銘酒魔界酒もあるぞ。これは旨い。それから宿泊費も払う。今回は経費で落ちるから気にせずふっかけろ」
「おおっ、御泊りですか? いらっしゃいませ!」
久しぶりの宿泊依頼に声が弾む。宿屋の主としては願ってもない申し出だ。とにかく皆、温泉に入るばかりで泊りの客が少ないのである。
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