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重く沈んだ部屋の空気を払拭するように、涼やかな風が流れ込んでくる。
その冷たさはいっそ心地よかった。ショウは目を細めて窓の向こうの桜並木を見つめた。
ここにも白い花びらが泡のように揺れている。手すりに身を乗り出しているアスタロトの髪が風になびいている。
静かだった。ショウはため息をついた。
「アスタロトさまにもそんな友人がいるんですか」
「……昔、そんなお節介が嬉しかったから、俺もいつかそうしようと」
アスタロトはそのたった一言さえ言い過ぎたように口を閉ざした。そして無理矢理話を切り替えた。
「明日は朝から来い。空間魔法の続きをやろう」
「まだ私、手伝うんですか?」
「勿論だ。今回の件、ジュヌーンに戻るなり教授たちに呼ばれて、出しゃばり過ぎだって滅茶苦茶怒られたんだ。教授たちに『誰の研修だ』と。『お前は監督で見守るだけのはずだろうが』と言われ放題のうえ、ペナルティで大量の新魔法を提出する羽目になった」
「じゃ、やたら忙しいのはそのせいだったんですか」
「そうだ。だからせめて手伝え」
アスタロトは窓辺に立ったまま、振り向かずに言った。
「でもまあ……もし天気が良ければ、魔法はちょっと一休みして花見でもするか」
「え」
「今ならろくに人もいないし、たまにはそういうのもいいだろう」
もしかすると、これはアスタロトなりの慰めだろうか。
ショウはアスタロトの後ろ姿を見つめながら、ふとそう思った。今はまだ、あの領地の白い花に似た桜の下を歩くのはつらいけれど。
「⋯⋯そうですね。それじゃお弁当作ります」
「甘いのも」
「いいですよ。お好きなデザートをたくさん用意します」
ショウが返事をすると、ようやくアスタロトが振り向いて微笑んだ。
微かに胸が痛む。
だが、その痛みとともにその存在が、ショウには切ないほど愛しく感じられた。
【 研修編:完 】
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